第九花 暈持

 年が明け、冬真っ盛りの二月。
 肩口くらいまでの長さの髪をなびかせて、悠日は庭を掃いていた。

 秋には赤や黄色に色づいていた葉も茶色に変わっており、地に散っている。
 目の前に降ってきた、辛抱強く枝にしがみついていた木の葉を受けるように手に取れば、それは風に乗って再び舞い上がった。

 その様をじっと見つめていれば、ふと背後の木の上に気配を感じて悠日は振り返った。
 気配の主が誰かは見なくとも分かる。
 木の根本に立ち、そちらを見ることなく、休憩している風情で幹にもたれかかった。


「……何かあった?」


 木陰からこちらを見つめる朱色の瞳を見つめ、悠日は小さくそう口にして首を傾げる。


「姫ご自身に関わるような大きな情報は、特に何も。あえてお知らせするのであれば……八瀬の方が、また顔を見せに来て欲しいとおっしゃっていたことくらいでしょうか」


 数か月前、悠日が髪を切ったことについて牡丹が報告しに行った時、八瀬の彼女はかなりの衝撃を受けていたようで、今にもその辺りの直談判に来んばかりの勢いだったと聞いた。

 それに関しては、悠日も答えようがないのが事実で、その流れからかなり心配されているのだろうことは容易に推測できる。


 短くなった髪。
 切ってしまったのは四か月ほど前。

 もろもろの話が終わった後、部屋に戻れば、そこで待っていたのは髪を切るはさみを持って涙ぐむ千鶴だった。


『あんなきれいな髪、ばっさり切るなんて……』

『……千鶴ちゃんも、牡丹の味方?』

『髪がどれだけ大事か、悠日ちゃん知らないの!?』

『知ってはいるけど……伸びるし、まだここを出ることにはならないからいいかなぁと思って』

『でもそれじゃあ満足に結えないよ! あれだけ長かったら……』


 それ以降の言葉は飲み込んだので千鶴が悠日の髪に何を求めていたかは知らないが、相当嘆かれたということだけは分かる。

 そう言いつつも、切ってしまった髪はどうしようもない。
 泣く泣くはさみを持つ千鶴に任せて、悠日は大人しく切りそろえてもらったのだ。
 毛先のばらばらなそれを揃えれば、必然髪の長さもさらに短くなる。

 肩より少し長い程度だったものが、切りそろえた時には肩くらいの長さになってしまった。
 男でさえそこまで短い髪の者はおらず、部屋を出た時に時折すれ違う隊士からは驚愕の表情を向けられることもある。


「……未だに、この髪を見ると皆さんが申し訳なさそうな顔をするから、ちょっとそれが重いかしら」


 確かに惜しい気がしたのは嘘ではない。しかし、後悔するほど気にしているわけでもない。だが、周りはそうはいかないらしい。

 ため息をつけば、牡丹が厳しい目つきで悠日を睨む。
 言葉以上に饒舌なそれに、悠日はまあまあと苦笑を返す。


「もちろん、反省はしています」


 そこで次はしないと約束しないあたり、悠日も周到だ。
 髪は実際伸びる。だが、命は失ったら決して戻らない。

 髪で命の代わりになるのならば、いくらでも差し出せる。
 そう考えるのは、おかしいのだろうか。


「……そういえば、【彼】とはうまくやれているの?」


 直接の表現ではないそれに、牡丹は少し不快そうに眉を寄せた。


「……気が合いません」

「そう? 意外に合うような気がしていたのだけど……」


 沖田とは犬猿の仲だ。それは、牡丹も同じ。
 しかしあれか。共通の犬猿の仲のものがいるとはいえ、気が合わないと、そういう意味だろうか。

 敵の敵は味方、と言うと語弊はあるものの、そうはならなかったらしい。

 上の命令は絶対、という点では、彼も彼女も同じような気がするのだが……。


「まあ、合う合わないは人それぞれだものね」


 無理をして合わせさせることもないと悠日は思っているので、まあいいか程度で終わらせる。

 今の悠日には、正直なところそれ以上に気になる人物がいたのだ。

 来て早々、重要な地位についた人間。
 これまでの『試衛館方中心』という新選組に入ってきた異色の存在。


「それにしても……あれ以来、ここの空気が変わった」


 牡丹は悠日の言わんとするところを察知し、彼女もまた眉を寄せた。

 あれ、というのは、悠日が髪を切ったその件ではない。
 そのあと。それから約ひと月たったころの話だ。


「あの、[あずま]から来た……」


 それを言えば沖田たちも東の人間だが、それはそれ、これはこれ。気にしないことにする。


「頭脳明晰、剣術は師範の腕。……分断する気がして、ならないの」


 この穏やかだった新選組の中に、不穏な雲が立ち込め始めたのを悠日は感じ取っていた。
 何かに飲み込まれそうな、そんな予感。

 当たらなければいいが、という杞憂が、実際に杞憂で終わってくれればそれでいいのだが。


「気にはしてみます。また何かあれば、お声掛けください」


 そう言って、牡丹は姿を消す。
 同時に風がより一層ざわめき、せっかく集め終わった木の葉を再び舞い上がらせた。

 目の前を枯葉が舞い踊り、からかうように肩や頭に落ちる。


「……また最初から……」


 がっくりと肩を落としながら、悠日は渦を巻くように木の葉を舞い散らす風をじっと見つめる。

 今の新選組は、嵐の前の静けさ。
 異色のものは、取り残されるか巻き込むか。そのどちらかだ。

 そして、悠日の予想が正しければ、それはおそらく後者に近い。それくらいに影響力が大きい気がしてならない。

 渦を巻くのは、いつか。
 そしてその渦は、一体どれだけのものを巻き込むのか。

 そんなことを考えて、散らばった木の葉を再びかき集めながら、悠日は初冬の空を見上げるのだった。

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