第一花 野荊

 なんだか窮屈だ。そう思って、悠日は目を覚ました。


 なぜか、縛られている。しかも相当きつく。

 その上さるぐつわまでされていて、声を出すことも出来ない。


 何があったのか、彼女は記憶の糸を手繰り寄せる。



 よく分からないが、気がついたら知らない場所にいて。
 目の前で人が殺されていて。

 殺していた人は、白い髪で赤い瞳。
 しかも、理性の欠片も感じられない獣のような。


 それで、逃げて逃げて。

 途中で足がもつれて転んで。


 振り上げられた刀が、月の光に怪しく光って――。



「……私、それからどうなったの……?」


 記憶がそこから無い。
 それだけではない。

 ――あの出来事以前の記憶も無い。

 ふいに、恐怖が押し寄せてきた。


「私は……どこから来たの……?」


 思い出せない。それが無性に怖い。

 震えながら、悠日は目をぎゅっと閉じた。
 これからどうなるのか、どうするのか。
 ここがどこなのかさえ分からないのだ。

 現状を考えてもいいところが思いつかないために、恐怖は増していくばかり。

 その時、障子が急に少し開き、悠日はびくりと体を一際大きく震わせた。


「……あ……!」


 そこにいたのは、悠日とそう年の差のなさそうな子だった。
 髪を一つに結って袴。男の子の恰好をしているが、おそらく女の子だ。

 悠日の根拠のない勘なので、間違っているのかもしれないが。


「ちょっと待っててくださいね!」


 そう言ってその子は去っていった。


 見覚えのない場所。――ただ記憶が無いだけで、本当は知った場所かもしれないが、この扱いを考えるとその線は薄そうだ。



 しばらくすると、二人分の足音が近づいてくる。


「なに、千鶴ちゃん。見ちゃったの?」

「す、すいません。迷ってたどり着いた所があそこで…」


 声が近づいてくる。一人はさっきの子だが、もう一人は誰だろうか。
 その人の呼称から、先ほどの子が女だという事が半分確証となった。


 今来た人は、声の低さから男の人だというのは分かるが――。

 何か引っかかりを覚え、悠日は眉を寄せた。彼女にもその引っかかりの意味は分からず、少し首を傾げる。

 障子が開けば、薄暗い部屋に射し込んだ光が眩しくて、思わず目を細めた。


「ああ、本当だね。じゃあ早速詮議かな。あ、君はそこにいてよ。勝手に動かれると僕たちが困るんだから」


 障子を開いてこちらを見るのは、やはり男性だった。
 光に慣れてきた薄紫の瞳には、茶色の髪に緑の瞳の、どこか猫を思わせる男性が映る。

 面白そうに笑った彼は、柱に肘をつきながら悠日に目を向けた。


「君も運無いよね。ま、あの子がこんなだから君がどうなるか分からないけど、期待しないほうがいいよ」


 そう言って青年は笑った。
 詮議……と小さく呟いた悠日に、彼は何とも形容しがたい笑みを浮かべる。

 その彼の言葉からか、後ろにいる少女は心配そうに悠日を見ている。


「取りあえず縄解くよ。あ、もし逃げようとしたら斬っちゃうからね、大人しくしてた方が身のためだよ」


 本気なのか冗談なのか分からない言葉に、悠日はとりあえず頷いた。

 逃げる理由が今の彼女には無い。行く宛も分からない彼女には、現状把握をしたいという気持ちが先に立っていたので、特に抵抗することなく素直に従う。


「じゃ、行こうか。千鶴ちゃん、君もだよ」

「あ、はい」


 犬の散歩よろしく連れていかれたのは、結構広い広間だった。


「ほら、入って。千鶴ちゃんはここね。君はそこ」


 示された場所に座ると、悠日は姿勢を正し、そこにいた厳しい目つきでこちらを見る面々を緊張した面もちで見渡した。




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