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▼ 石神千空

 お腹がすいた。

「お腹がすいたよ千空」
「おー…」

 おお。絵に描いたような空返事。千空は今、エボラ何とかの何だかを調べていて忙しいらしい。モニター前で何やら長文を熱心に読んでいる。
 無理言って押し入って千空の部屋に来てから数時間経った。夕飯時も近づいてきたからお腹がすいた。
 鞄の中にお菓子が入ってるのはわかっている。それを食べれば良いだけの話なんだけど、そうもいかない理由があった。
 私は空腹を紛らわすために持ち込んだ今週号のジャンプを読む。

「ねぇ千空、今週のハイキュー読んだ?」
「…………」

 集中しているのか、いよいよ返事すら来なくなってしまった。
 いいよーだ。お腹すかしながら読むから。


「テメー、何で木曜にジャンプ読んでんだ」

 月曜にも読んだはずの内容なのに、私はいつの間にか集中して読んでいたらしい。千空の声で気づいた。

「え、だって一回読んだだけじゃ来週まで忘れちゃうじゃん」
「あ“ー、エビングハウスの忘却曲線か。なら火曜に読んだ方がいいがな」
「えび……なんて?」

 ご丁寧に一から説明してくれようと口を開きかける千空を制して、聞く気がないですよーの意味でその場に寝転がった。椅子に座る千空に見下ろされる形だ。
 集中して読んでいたから、少しだけ空腹が紛れた気がする。
 でも千空がさっき海老の話をしたから、またお腹がすいてきた気がする。千空め…。

「……おい、パンツ見えんぞ」
「見んなえっち」
「見えてねーわ。見もしねーし」

 閉じたジャンプを再び広げて再開した。どこまで読んだっけ。
 と、思ったところで、さっき千空と目が合ったことを思い出す。目が合ったということは、千空の調べ物は終わったということだ。

「…腹、減ったな」

 ボソリと言う千空。

「さっきから言ってんじゃん」
「何かしらあんだろ、その鞄の中。よこせ」

 横暴な態度。でもなんで、鞄の中に入ってること知ってるんだ?

「あ」
「あ?」

 千空はただ、座りながら口を開けている。…なんで?

「腕がだりー。持ち上げるのが億劫だ。食わせろ」
「は!?」

 なんて!? んな親鳥が雛に食べさせるみたいな…。というかパソコンで調べ物するだけで腕だるくなる? 今日別に体育無かったし、いやでも身体能力の低い千空ならありえるのか…? いや今までそんなこと無かったぞ。
 どうしてよりにもよって今日に限って。とか内心悪態をつきながらも、鞄の中から小包を取り出す。

「あ」

 これはある意味で、またとないチャンスなのかもしれない。そう浮き足立つ程度には、私も結局思春期には抗えないんだろう。

「ん。お口に合うか、わかりませんが」

 摘んだ一粒を千空の口の中に入れた時、唇に指先が触れてどうにかなりそうだった。

「…………」

 もぐもぐしてる千空。おい。なんか言え。

「あめぇ。悪くねぇ」
「良かったですね…」

 今日は二月十四日。バレンタインデーだ。
 顔が熱い。きっと千空から見て私は真っ赤な自覚がある。
 けど、食べてからずっと顔を背けてる千空の耳だって真っ赤だった。


230418



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