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▼ 一ノ瀬トキヤ

 お腹がすいた。
 外は真っ暗。時計の針はてっぺん。
 きゅるきゅると鳴るお腹には不釣り合いな時間帯。そんなことはわかっている。
 でも、お腹がすいた。腹ぺこになってしまった。夕飯食べたのに。
 食べちゃおうかな。明日のおやつ用にとっておいたアイス。期間限定の。ちょっと高いやつ。
 うるさい同居人は帰り遅いし。仕事の都合で朝方に帰るって連絡来てたし。
 鬼の居ぬ間に洗濯。ならぬ、鬼の居ぬ間に間食。
 だらりとくつろいでいたふかふかソファーから起き上がる。重い身体で意気揚々と台所へ。
 二人暮らしにしては大きい冷蔵庫だ。その大容量はまだ本領を発揮していなくて、今開けた冷凍庫だってほぼ空みたいなもの。
 最近引っ越して新しく変えた家電の一つ。まだ新品の匂いがするような気がする。
 冷凍庫にちょこんと置かれたアイスを手に取る。冷たい。霜が指に触れて溶けて、容器の冷気で冷やされくっついてしまいそう。
 冷たくて持っていられなくて、シンク横のスペースに一度アイスを置いて指を避難させた。
 引き出しの中から小さい銀色のスプーンを一つ摘む。…完全にアイス用のスプーンになってしまったなぁ。
 ソファーに戻る前に、フタを処分してしまおうとこの場で開けた。
 美味しそうな色。早くスプーンを刺して口の中で溶かしたい。
 ああ、フタの裏に付いたアイス、もったいないな。スプーンでこそぎ取っちゃおう。でも、どんなに丁寧に綺麗にやってもちょっと残ってしまう。これすら勿体無い。
 誰もいないし、舐めちゃおうかなぁ。でも流石に行儀が悪いかな。
 頭の中で天使と悪魔が交互に囁き合っていた頃、施錠していたはずのドアが開く音が聞こえた。
 この家の鍵を持っているのは、私ともう一人だけだ。

「あ、トキヤおかえり」

 静かに足音を立てながら、廊下とダイニングを隔てる扉を開けて、帰ってきたのはもちろん愛しの旦那さまだった。
 ただいま、と言いかけたであろう口を開けたまま、私の様子を凝視して固まっている。

「……まさかとは思いますが、この時間からアイス食べようとしてるんですか」
「蓋もう捨てちゃったし、食べるしかないよね」
「……いいですけど。いいですけどね」

 ふふ、その顔。困った顔しても整っているから、どんどん困らせたくなる。

「トキヤも食べる?」
「いえ私は……、流石に遠慮しておきます」
「帰ってくるの早かったね」
「ええ。諸々詰めた結果、かなり早めに上がれました」
「お風呂は?」
「もう済ませて来ましたが…、着替えてきますね」

 荷物を置いてから、トキヤは身支度をするためにいそいそと出て行った。
 ソファーまでアイスを運んでから、スプーンで掬い、一口。
 甘い。冷たい。美味しい。このために生きてるって感じがする。
 美味しいものを食べるのは大好きだ。最近はあまり食べられないので、アイスを食べているこの時間が本当に幸せ。
 戻ってきたトキヤが、隣に腰を下ろす。出先で洗ったはずなのに、家のシャンプーの匂いがする。この人、全部いちいち小分けにして持ち歩いてるんだよね。

「調子はいかがですか?」
「うーん。昨日よりはいいかな。夕飯はちゃんと食べられたし」
「よかった。……ままなりませんね。私には、あまりできることがない」

 トキヤの綺麗な手が、私のお腹をさする。

「あはは。とか言って、私より色々調べてるじゃん」

 机の上には、トキヤの買ってきた雑誌やら書籍やらが山積みになっている。

「貴女が気にしなさ過ぎるんですよ」
「んふふ」

 トキヤと話しながら食べるアイスが、一番美味しい。


230418



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