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▼ モズ

 この世に運命があるのなら。そう書き出してからすぐに手は止まった。そもそも、私の執筆人生にデジタルは付き物だった。なのに、今となってはパソコンなんて高級品も高級品。試作第一号はもう何年も前に普及したそうだが、数多の物資や大量生産するための機械化には、程遠い。一度滅んだも同然の人類の文明が再び芽吹いたのだって奇跡に近い。そんな中で、石化前に曲がりなりも作家をしていた私が筆をとり、あの頃のパソコンのキーボードなんてないものだから、アナログな紙とペンを持ち、大昔の文豪さながら娯楽小説を執筆しようとしている。いや、本業作家でありながら原稿用紙に書いたことないなんて人間、当時はザラにいたのでは? とんでもなく運が良いことに五体満足で再び日の目を見れるなんて。おおよそ、私の妄想物語よりも、この石化してしまった世界を復興する過程を出版した方がよっぽど痛快だし儲かると思うんだけどな。

「作家辞めて、関係者各所に取材に行ってルポライターに転職しようかな」

 人類がある程度、最低限の生活が整えられて続々と人口が増えていく中、そろそろ娯楽を充実させないと息が詰まるよね、と、人類復興の足がかりとなった若き立役者たちからの声で、こうやって何か面白い話を書けとせっつかれているわけで。そのための、最低限の生活ができる住居と聞き馴染みはないほんの少しの金貨を与えられてしまった以上、逃亡するわけにはいかない。締切という恐怖の二文字は存在していないのも当然だが、私にだって良心はある。働きもせずに過ごすのは罪悪感が伴った。

「お、今日もいんじゃん♪」
「うわ、また来た。いや、窓から入るな」

 住居といっても簡易的なものなので窓ガラスもあったもんじゃない。虫も人も入りたい放題だ。だからと言って、本当に人間が入ってきたら困るのだが。実際とても困っている。

「警察官が真っ昼間から住居不法侵入するな」
「んー。平和で暇だからさ、また面白い話聞かせてよ」

 自らを警察官だと名乗るこの不審人物。確かに制服は現代の警察のものではあるが、白昼堂々、平凡市民の家に不法侵入してくるあたり、真っ当な警察官だとは思えない。いや、もしかして私の知識が古いだけで、石化復興後の世界ではこれが常識? いやいや、そんなわけないだろ。

「まーた一人で考え込んでだんまりかよ。俺とお話ししよって」
「おい、顔と体が近い。触ろうとするな。あっちに行け」
「つれないなー。良いじゃん味見くらい。な?」

 軽薄なこの男は、こうして訪ねて来ては私にちょっかいをかける。正直、顔は整っている。そして比較的引き締まった体を持ちながら服の上からでも筋肉質なことは見て取れた。おそらく、この屈強な文字通り強いであろう男なら、非力なインドア運動不足女の私くらい押し倒すのは簡単だろう。しかし、そういう一線を超えた実力行使はしないのだ。口では散々、良い女を口説くような言葉を吐きながら。もちろん私は良い女の成分を微塵も持ち合わせていないし、何よりあべこべなこの男の態度にはほとほと疲れるのだ。

「暇ならもっと簡単な女とよろしくすれば良いだろうが」
「わかってないなぁ。お姉さんだから、遊ぼうって言ってんじゃん

 こいつ、様になることをわかっていてウインクを飛ばしてくる。腹立たしい。

「良いから一回離れて。この体勢じゃ、話すこともできないから」
「おっ、今日も面白い話聞かせてくれんの? 楽しみ」

 はぁ。この男、どうやら生まれが人類石化後に生き残った人々の末裔であるらしく、私の時代にとっては王道中の王道、誰もが知ってる話を全く知らなかった。簡単な童話のような昔話の類は知っているのに、不思議な認知度だった。

「ええーと、今日はどういう話が良いんですかね」
「んー。えろくて可愛い娘が出てくる話とかないの」
「んなものあるか。あっても話さねぇわ」

 全て、私が過去に読んだことのある、記憶にだけ残った物語たちだ。細部は覚えていないし、そこは補完するしかない。あれ? もしかして、これを原稿に起こせば良いので?
 気付いた途端、あれだけ動かなかった筆が動く動く。背中に重苦しいのが乗っかっているのも気になるが、無視だ無視。


240118



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