文章 | ナノ


▼ ジャン・キルシュタイン

 この世に運命があるのなら。それ以上に残酷なことがあると思う? いいから聞いてよ。酔っ払ってる。確かに私ゃ今酔っ払ってるさ。でもさ、こうは考えないかな。酔っ払ってないと言えない話ってあるじゃん。そうだよ。このめでたい席の後だから言ってんじゃん。もっとギャラリーが多い方が良いって? ……バカだなぁ。何のためにお前と二人きりになるまで待ってたと思ってんだよ。ううん、こっちの話。今からさ、頭のおかしい話をするから心して聞けよ。私さ、前世の記憶ってのがあるんだよね。……なんだよその顔、全然信じてないじゃん。まぁわかるよ。急にこんな薄寒いこと言われても困るよな。でもね、恐ろしいことに、私みたいな頭のおかしい奴が何人もいるんだよ。すっごい近くね。名誉のために言わないけどさ。とにかく、その前世はね、もう今の生活が、この平和な世界で息吸って吐いてるだけで、それ以外のあらゆる不幸も不運も、全てが幸運だって思えるくらい、とんでもないところだったわけ。命は簡単に奪われるし、人間の尊厳もあったもんじゃない。そういう過酷な中で、私も、お前も、みんなも、懸命に生きてたわけ。……そりゃあね、無惨にも、悲しいことに、10代のうちに死んじゃったやつもいたさ。聞きたくないだろうから言わないけどね。私も、当時のこと思い出して苦しくなっちゃうからさ。…………ごめん。この涙はただ流れてるだけの涙だから、泣いてるわけじゃない。ほんとだよ。と言っても、私もね、世界が平和になる最後までを見届けたわけじゃないんだ。その辺は記憶が朧げなんだよね。まぁ多分、私も最後まではそこに立ってなかったんだと思う。いや、だからわかんないんだって。そこ詳しく聞こうとすんなタコ。いいから聞いてって。お前はね、その時からずっとミカサが好きだったんだよ。そう。すっげぇ一途だよね。感心するよ。むしろ呆れる。っていうか引くって言うか。ごめん、嘘。お前のそういうところ好きだよ。バッカ、異性としてなわけあるか。人間性が好きって言ってるんだわ。はいはい。どういたしまして。うん? その時のミカサは…………。うん。エレンのことが大好きだった。今と変わらず。でも、ほら、命が軽い世界だって言ったじゃん? うん。そう。そうなんだよ。だから、今日は本当に嬉しいわけ。お前は絶望的だろうけど、私はさ、ミカサのこともエレンのことも大切だからさ、今が最高に幸せなんだよね。前世は……うん、お前が支えてたよ。ミカサを。ずっと。エレンのことが大好きなミカサをさ、ずっと支えてたんだ。すごいよ。でも、あの時は、あの世界で、ミカサのことをずっと傍で支えられるのは、エレン以外だったらお前しかいなかったと思う。不思議だよね。多分、私はその時を生きていないはずなのに、何故か情景が脳裏に浮かぶの。どんな感じかって? うーん。でも全てを覚えてるわけじゃないからなぁ。断片的な感じ。いや、ごめん。お前にはしんどい話だったかも。なんでって、前世は一応肩書的にはミカサと結ばれてたわけじゃん? 痛っ! 叩かなくたっていいじゃん! ミカサが幸せならそれが一番って? はーあ、お前も大人になったもんだ。いや年齢の話ではなく。茶化すなよ。10代の頃みたいにエレンに対して敵意剥き出しの状態から成長したよねって話。叶わない恋も辛いよね。わかるよ。いや、知ったかぶりも何も、私だって失恋の一つや二つしてきて……。……………………。なんて言った? 全部知ってる? …………何をだよ。全部って。全部? ええー。お前じゃあ今の話どう言う気持ちで聞いて、……私も前世の記憶が甦ってるかわからなかった、か。まあ、そうだよね。こんなの眉唾もんだし。いや、話は逸らしてないでしょ。いや。うん。ごめん。そうだね。自分に言い聞かせてる? そうかもね。一途なのは良いことじゃん。自分の気持ちが報われなくてもさ。私は、今世でもお前が幸せだったらそれで良いんだよね。うん。……そろそろ帰ろうか。長話に付き合わせちゃったし、お会計は持つよ。なーに一丁前にカッコつけてんだよ。は? 次はお前が払ってって? は? 待って。は?


240117



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -