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▼ 芹澤朋也

 初めてだった。今、私と同じ地面に立っていて、目の前にいる異性に目を奪われあらゆる思考が停止し、視界から決して離せない。
 歴史の教科書に載るような、世界的大パンデミックの当事者になろうとは、大学へ進学を決める前には思いも見なかった。不要不急の外出は自重させられ、学生達は家に缶詰に。長くても数ヶ月で終わるとたかを括っていたら、気付けば数年が経った。大学生活が始まっても、大学へ行くはおろか授業もずっと画面越し。大学3年目にしてようやく対面での授業が行われた。
 教員になりたくて進んだ大学で教員免許を取得するための教育心理学のゼミ。普段の大きな教室の規模とは雲泥の差な、高校のクラスの教室よりもこじんまりとした部屋。教室前方から入った時、向かって右側の最前列に座って、仲良さげに談笑をしている男2人に、私は目を奪われ体が硬直した。
 方や派手な髪色、派手な色付き眼鏡をかけた男。方や長めの黒髪が似合う美丈夫。座っているのに体格の良さも隠しきれていない。これまでの学生生活に比べ、いくら東京のマンモス校に通っていたとしても、やはり大学になると校内ですれ違う学生の数は多い。中には良くも悪くも容姿が目を引く人もいた。が、特例中の特例のおかげでここで出会う人々がほぼ大学生活における初対面たちだ。初っ端、真っ向から美形の暴力に当てられ、身震いすらしてしまいそうだ。絶対にこの人たちを視界に入れたくない。目の保養ではあるが、私の人生には関わってほしくないのだ。イケメンで性格が良い奴なんているわけない。経験則。
 そう思って、私は彼らと最も離れた対角線上、教室後方左側の机に腰を下ろした。

「なのにどーして隣に座ってるかね」
「あ? 別にゼミだから自由席だろーが」
「そういうことが言いたいんじゃねぇ」

 目を引く美丈夫の片割れ。派手な髪色と色付きグラスで周囲を威嚇するこの男、芹澤。
 ある時ゼミを遅刻してきたこの男に「なぁ、草太の分も欲しいからレジュメコピーさせてくんね?」と話しかけられたのが運の尽きだった。見た目が派手な割に言動はさすが教員を目指しているだけのことはあるのか、意外と常人の感覚を持っておりなんやかんやゼミで、他の講義でも話すことが増えた。芹澤と仲の良い美丈夫の片割れ、宗像くんはやんごとなき事情で欠席も目立つが、話を聞くに芹澤が面倒を見ていると言う。見た目に反して、面倒見の良い奴だ。

「宗像くん、また休み?」
「あー。なんか、北から順に巡ってくから一緒に戻ってこなかったな」

 まだ講義開始前。教室にいる学生もまだらな時間。芹澤は記憶を辿るように虚空を見つめていた。

「は? 男二人で東北旅行? こんな大事な時期に?」

 いよいよ本番と言っても過言ではない、教員採用試験期間中に何をしているんだ?

「旅行っつーか、なんつーか。同じこと草太にも言ってくれよ」
「意味わからん。旅行じゃないなら何なんだ」
「そもそも野郎二人で旅行なんか行くかよ。女子高生と妙齢女性も一緒にだな」
「未成年と!? 何考えてるの!」
「俺じゃなくて、どっちかと言うと草太の方が……いや、この話お前には酷か」
「どういう意味?」
「いやお前、口開けば草太の話ばっかすんじゃん。好きなんだろ」
「いやお前、それは芹澤と共通の話題が宗像くんしかないだけというか」
「はぁ? んなこと言われると男は期待するけど、」

 ここで始業のチャイムがなる。助かった。肯定も否定もしたくない。


240117



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