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▼ 都築圭

 やわく温かな手をそっと握る。この人の手はもう少し冷たいと思っていた。普段、水ばかりを摂る印象が強くて、あまり体温は高くないと錯覚していた。意外にも熱を持っている。
 いや、そんな、今、この人の手の温度を気にするのは、完全なる現実逃避だった。
 それよりも気にするべきは、己の太腿に預けられているこの頭。柔らかい髪の毛がふよふよと風に靡き、彼の透き通る素肌を撫でている。
 お仕事の息抜きに、スタジオ近くの人気の少ない公園へ来たのはいいが。疲れて少し眠くなってきたと言う都築さんの言葉に、ではベンチに座って一休みしましょうか、と。撮影が再開される時間まであと30分くらいは休めるなぁと腕時計を眺めながら。私と並んでベンチに腰を下ろした気配を感じたその次の瞬間。

「は、え、都築さん……!?」
「ん? どうかしたのかい?」

 おかしいのは君の方だよ、と言わんばかりの平然としたご様子で、都築さんは無駄に肉の乗った私の太腿に頭を預けてきた。……これは、第三者からすればどう見ても膝枕である。仲睦まじい恋仲の男女が、真っ昼間から人目もはばからず公衆の面前、健全な公園のベンチでいちゃこらしているという図式。そうとしか見えない状況だった。
 はっきりさせておきたい。私と都築さんの関係は恋人でもなんでもない。ただのアイドルとプロデューサー。仕事仲間であり、それ以上でもそれ以下でもない。

「ふふ。君の太腿は柔らかいね」

 驚き、目を白黒させ狼狽えて抵抗できないのをいいことに、なに人の贅肉の柔らかさを堪能してやがるのか。
 こちらの気も知らず、都築さんは心地よさそうな穏やかな表情で目を閉じている。眼下に綺麗な寝顔があるというのは、妙な気分になるらしい。勿論、初めての経験だ。

「いやあの、都築さん。困りますよこういうのは」

 誰が見ているかわからない状況下。決してやましい関係性ではないものの、異性というだけで誤解された時の火種は大きくなる。
 都筑さんは、普段あれだけ耳が良いというのに、今に限っては私の声なんて一切聞こえていない素振りだ。苦言は右から左へ聞き流し、おもむろに私の慌てふためく手を握り込まられた。
 冒頭に戻る。華奢なこの人に付いてるにおかしくない、骨ばった長い指だ。いつも、仕事で再三都築さんのことを見ているというのに、こうやって細かなパーツを凝視することは避けていたように思う。まるで子供のような私の手とは違い、しなやかで大きな手だ。
温かい。伝わる熱に、この、まるで仙人のような、およそ人間らしく見えないこの人も、れっきとしたひとなのだと。
 ああ。もう駄目かもしれない。
 立場上、褒められた感情ではない自覚があった。それに、まさか自分が仕事相手、ある種商品と言っても差し支えないような相手に、抱く感情は選ばなけらば、時には蓋を閉じないといけないのに。

「……うん。やっぱり」

 閉じていた彼の瞳は、私を視界に入れている。
 春先の風はやわく頬を撫でる。都築さんのやわい毛先も風に揺れる。ちらちらと見え隠れする都築さんの表情は、ひどく穏やかなものであり、そして楽しそうでもあった。

「僕が触れている時の君の心臓の音は、とても心地が良いね」

 自分でも、己の心臓が高鳴っているのは聞こえていた。耳の良い彼には勿論、この鼓動も包み隠さず聞こえてしまっているのだ。

「……気付かないでくださいよ」

 弱々しい声で返すも、やはり都築さんは至極楽しそうで、嬉しそうだった。
 果たして、この人の頬は、こんなに血色が良かっただろうか。


240106



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