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▼ 石神千空

 彼氏ができました、と嘘を吐いた。そんなことを言えば、すぐに返答が返ってくると思っていた。数式というには文字の多い何やらを長いこと書いている手は、今も止まっていないけど。でも、やっぱりというかなんというか。返ってきたのは気の抜けた「おー…」という言葉だけだ。
 んー。わかってはいたつもりだったけど、脈ありもなしもないんだよなぁ。私も負けじと手を止めなかった。人類も増えてきてあらゆる生活雑貨の需要が高まっている中で、私の仕事といえば描かれた漫画をページ順に並べて糊付けし綴じていく作業。漫画本を作ることだ。
 いよいよ月へ出立するべくロケット作りを開始して早数ヶ月。流石に作っているものがものなので簡単にできるわけもなく。お得意のトライアンドエラーで試行錯誤を繰り返していた。
 基本的に平和な数ヶ月だった。以前のように船で地球を一周するわけでも、ましてや命のやり取りをするような戦いをするわけでもない。各々が文明向上のためにやれることをやっていた。
 私は相変わらず、千空の元同級生である。


「んで敬語だ?」

 そんな時間も経っていなかったように思う。一段落したのか千空の走らせるペンの音が止んだ途端に質問を投げかけてきた。間が空いていたから何のことかわからず、きょとんとした顔を向けてしまった。

「何が」
「彼氏できましたって言ったのはテメーだろ」
「ああ。いや。一応挨拶なんでかしこまろうかと」

 ほーんという適当相槌をまたしてもかまされた後、また千空は数式に没頭し始めた。
 生活基盤がある程度は固まってきた今、婚姻や出産をする人々も年々増えているという。そんなことしてる場合かと言う人もいるが、私は良いと思う。普通の生活ができているのなら、それは良いことじゃないか。
 だから、というわけでもないけども。私の中にずっと眠ったままだった恋心が沸々と湧いて戻ってきた。学生時代から燻っていた火種は、そんなことより命の危機、そんなことより人類滅亡の危機という状況下で消えかかってきたけど、しかしやっぱり理屈や理性でどうにかなるものではない。

「彼氏様がいるような奴が、昔惚れてた男と一緒にいて良いのか?」
「なんてこと言うんだ千空」
「事実だろーが。それともなんだ? その彼氏様の女に惚れてる男と一緒でも良いってのかよ」
「はぁ?」
「あ゛?」

 なんて言った今。千空が私に惚れてるって? 中学生、高校生だったあの頃ではなく、今も?

「初耳なんですけど…」
「言わねぇだろ。伝えたとしても、今は優先してやれねぇ」

 優先て。そういうこと言うのか千空。するのか千空。恋人らしいことをしている千空を妄想をして、顔が熱くなる。なんだこいつ。

「……そういうことなら……あの……話が変わってくるんですけど……」
「あ゛ぁ?」

 拗れる前に私は速攻で種明かしをした。本命の女の子との仲を進展させたいから、とゲンに持ちかけられたこと。利害が一致したのでお互いに利用することにしたこと。

「んのクソメンタリスト……」

 とんでもなく凶悪な目つきを外に向けた後、そして私も睨まれた。目力が強いために怖すぎるからそんな目で見ないで欲しい。私が悪いので甘んじて受けるけど。

「ごめんって。私が好きなのは昔も今も千空だけだよ」
「ん。テメーは一生俺だけに惚れてろ」

 また数式に戻る彼の耳は、昔と変わらず真っ赤だ。


230517



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