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▼ 聖川真斗

 窓硝子を叩くぽつぽつという音が止んで窓を開けると、あの日と同じ雨のにおいがした。
 今日はなんとか間に合った。一つ何万も何キロもする撮影機材をいくつも運ぶのは骨が折れる。好きで飛び込んだ業界だが、下っ端も下っ端の私は雑務を任されることの方が多く、天気が崩れた時に駆り出されるのはいつも私だった。
 天気予報には一切出ていなかったにわか雨。外ロケを一時中断し機材を一通り運び込んだ頃には、もう雨足はほぼ去っていた。室内で休んでいたのも束の間、ところどころ日が差し始めているのが窓から覗く空からも見えた。
 すぐに撮影再開するのだろうか。重い機材を運んで何往復もした結果、疲労を訴え悲鳴をあげる手足を無視して。憂鬱な気分がまとわりつく重い体を動かした。

「……。貴女は」

 機材を一時的に置かせて貰っている建物の玄関脇。ちょうど通りかかったのは、あの雨の日にも助けてくれた仏のような人だった。

「あ、聖川さん。先日はどうもありがとうございました」と、思わず深く会釈。
「いや、全く構わない。……この様子だと、また同じ状況のようだが」

 聖川さんは、そのお綺麗な顔を少し歪ませて思案していた。
 ……この業界、パワハラもセクハラもハラスメントなんてなんでもござれだ。歳若く大柄でもない私が舐められ、雑務という名の最も面倒な肉体労働を任しきりになるなんて場面は、そう珍しくもない。

「俺も運ぼう。準備が早いことに越したことはないだろう?」

 言うが否や、私の静止も聞かずに機材を軽々持ち上げる。七部丈の袖から見える腕の筋肉に目を逸らした。

「聖川さん。また、すみません」
「貴女が謝ることは何もない。これも撮影を迅速に進めるためだ」

 あーあ。アイドルってすごい。優しい笑顔と心根にすっかり心臓を鷲掴みにされてしまった。


230507



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