▼ 八木俊典
窓硝子を叩くぽつぽつという音が止んで窓を開けると、あの日と同じ雨のにおいがした。
湿気は鼻奥を通って肺へ。水分を含んでいるのか、体の奥から重くなる心地だ。
「どこ、行ったんだろうな」
そんな、常に手綱を握っていないとどこかへ行って迷子になってしまうわけでもないのに。大きな大きな、大の大人なのに。
昔よりも小さくなってしまった姿が、視界に入ってないと不安になるのは私の弱さだ。
都市どころか日本が敵《ヴィラン》の大規模襲撃に苛まれ、雄英高校が人々の避難先として機能し始めて数ヶ月。雄英高校の一介の事務員でしかない私は、何の免許も持たないためにろくな手伝いもできない。が、何もしないこともできず、炊き出し等の雑務を率先して手伝うことで時間を潰し何かをしている気になっていた。
先ほどまで空を覆っていた重い雲はすっかり晴れて綺麗な青空だ。大粒の雫で濡れた芝生が輝く。
姿を探して校門まで歩いて出た。持ってきた傘は不要なようだ。
「川口くん。どうしたんだい、傘持って出てきて」
件の大男は、こちらの心配を他所に随分と明るい顔でポツンと校門をくぐってきた。
「……ちょっと、散歩に」
決して、貴方のことを心配して姿を探しに来たとは言えない。墓まで持っていくと決めている。
「……そうか。もう晴れたから、散歩もいいかもしれないね」
この人はよく、私の前で言葉を紡ぐ前に沈黙を挟む。聡い人だから、何かに気付かれているのかもと思わなくはないけど、私たちは大人だからあえて口に出さない。
「八木さんもやりませんか? 大量の野菜切る作業」
「いいね! 私、包丁握るの久し振りだよ」
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