▼ 黒崎蘭丸
昔、I LOVE YOUを、月が綺麗ですねと訳した人がいたらしい。
「月、綺麗だな」
柔らかい髪質をちくちくにセットしている常日頃と違い、今夜はお偉いさんの集まりだからか、少し抑えめに。体のラインがわかるフォーマルな服装も様になっていて、横顔すらいつもより整って見えた。
宴もたけなわな時間帯。頂いた度数の強い少量のお酒で体を火照らせた私は、涼みがてらに大広間を抜け出してバルコニーへ出た。
貸切になっている食事処。仕切られている襖を全て取っ払って大広間にさせて貰っているようだ。いつもなら個室として利用するため、数畳ごとに小さな庭園と縁側が区切られていた。一番端の縁側に座る。障子越しに談笑の声が微かに耳に届いた。
私が座って間もなく、まるで後を追っかけて来たかのように、男は隣に腰掛けて来た。
「アイドルさんが、迂闊にそんな言葉、言わない方が良いと思いますけど」
「あ?」
黒崎さんは眉間に皺を何本もこさえてすごんできたが、全然怖くない。
「…俺だって馬鹿じゃねぇ。惚れてもいねえ女に、んなこと言わねぇよ」
ああ、この人は。見た目やイメージに反して教養がある人だった。
遠慮がちに手が触れ合う。大きな掌が私の指先に。
「人。見られたらまずいですよ」
「こんなとこ、誰も来ねぇだろ」
強引に事を進めそうな形をしていて、首裏に回された手は優しい。
「…私、死んでもいいですよ」
黒崎さんの瞳の奥がぎらついた。やっぱり、教養のある人だ。
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