ねぇ知ってる?
何処かでひっそり聞いた噂。
そのおまじないをするとね、あなたが取り戻したい時間を取り戻せるんですって。





気持ちと心臓の関係
こんにちは、いせかい




「ああ、むかつく!」
苛つきを飲み干すようにビールを煽り、ほとんど叩きつけるように空になった缶をテーブルに置く。
ついさっきあった元カレ、と呼ぶのもむかつく男の事を思い出すとまたイライラが蒸し返す。

男運悪いよ、悪すぎるよ。
それともアレか。仕事にかまけすぎたか?

「うん、そんな男はこっちから願い下げだ」

空き缶を手に取るとゴミ箱に向かって投げる。
それは小さな放物線を描いて箱に落ちる。

「・・・ん?」

ふと目に入ったスマホの画面。
そこに表示された友人からのメール。

「時間を取り戻すおまじない、ねぇ」

馬鹿げている。時間は一定に流れて決して戻ったり何てしない。
でも私は酔っ払い。
物は試しだなんて立ち上がる。

「時計時計っと」

淡い青の縁取りのされたシンプルな掛け時計を外す。
電池を外すと、『私が取り戻したい時間』に針を戻していく。

「そうだなぁ・・・。アイツと付き合っていた期間、アレは無かった事にしたい」

人が仕事で忙しい間に浮気三昧とかマジでもげて死んでしまえ。腐り落ちてしまえ。
「・・・次はきちんと仕事に理解がある人がいいなぁ」
私も結構仕事中毒みたいなもんだからな。
・・・仕事中毒同士で付き合ったらそれはそれで大変か。

「もー、時間は返ってこないっての」

それでも良い事あればいいな!という軽いノリでそのまま時計を戻す。
明日は土曜日。休日だ。
「もう寝よう」
軽く体を伸ばしてベッドに潜り込む。
アルコールが入っているのもあり、すぐに睡魔がやってくる。



『本当に取り戻したい?』



夢の中誰かに問われる。
そりゃなぁ、出来れば無かった事にしたいもんなぁ。
でもさ、時間はきっちり流れるもので決して戻ったり何てしないんだよ。
忘れるしかないよなぁ。
夢の中ゆらゆらと揺れる。


ふいに手の中に冷たさを感じて起き上がる。


「うわ!」


思わず、握っていたものを床に投げ捨てる。
「・・・小瓶?」
透明なガラス瓶。蓋の部分にはハート型のガラスが付いていて、造形なんてよく分からない私でも「あ、キレイだな」と思う。
でもその分なんだかとても冷たいような気もする。
流石にガラスを投げ捨てたのはどうかと思い起き上がり割れていないかを確かめる。

「ん?」

何だか部屋が妙に広い気がする。
「なにこれ」
何処かの珍百景番組のように呟く。
まさに、なにこれだ。
普通のアパートの一室だったはずの私の部屋。
それが何だか妙に広がっていて、時計だらけの部屋が追加されている。
夢?夢なのか?それともアルコールを摂取しすぎたんだろうか。
窓の外に目を向けると雀がちゅんちゅんと鳴く心地よい朝だ。
ああ、朝日が眩しい。

妙に痛む頭を軽く振って立ち上がる。
「作業部屋か何かかな」
よく分からない部品がたくさん置いてあるせいで無機質な印象はある。
だが雑多なわけではなくおそらくはこの作業部屋の主が使いやすいように整頓されているんだろう。

ガタッと音がして、音源に目を向けると・・・・・・何て言えば良いんだろう。
すっごい、濃い。
うん、一言で言うなら濃い人が居る。
青みがかった長い黒髪。目も同じ色。
何か重そうなコートに作業部屋側にある物と似た時計の飾り?
・・・・・・やばい、私相当疲れてるのかもしれない。

「寝るか」

疲れたときには寝よう。それが一番いい。
けれど、その濃い男の人はそれを許してくれない。
「お前は・・・」
「そうか、今時の夢は登場人物と会話出来るシステムも搭載されているのか」
ダメだ、疲れてるんだ。
「お前は一体何をしたんだ!?」
「はい?何って・・・別に何も・・・」
強いて言うなら寝る前にちょっとおまじないした程度で。
「何もしていないなら何故余所者が此処に居るんだ!」
「ちょ、ちょっと何なの!?夢の住人なんだからもうちょっと静かにしてよ!寝られないでしょうが!」
正直少し煩い。

「空間がねじ曲がったのか・・・?くそ、一体何だと言うんだ」

何かブツブツ呟いてるし。大丈夫かな。
「それで、何をしたんだ?」
「何・・・って。ちょっとおまじないしてみただけだって。起きたらこんな状況とか・・・」
作業部屋側に歩いて、窓の外の景色を眺めて・・・

「なんだこれ」

眼下に広がる町並み。間違いなく日本じゃない。っていうか私が知ってる町内じゃない。
っていうか高い。この窓から見下ろす感じ・・・結構高所なんじゃないの。

「・・・・・なにこれ」

不機嫌そうな顔で私を見下ろす男に引きつった笑顔を向ける。
笑えてないだろうなー。




たった1つのちょっとしたおまじないが、異世界の扉を開きました。




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