「もう俺は、お前を養う気はない」

叔母の葬儀が終わってどのくらい経った頃か、玄関に立った私の背に投げかけられる叔父の言葉。
ショックはない。
むしろ、来るべきものがきたとほっとする。

「・・・大丈夫です。卒業したらこの家に関わらないようにしますから」

背を向けたまま私は玄関のドアを開ける。
「お父さん!何言って・・・」
この家の長女であるミハルさんがあんまりだとばかりに実父に抗議の声をあげる。
「ミハルさん、いいの。最初からそうするつもりだったから」

我ながら、上手く笑えたと思う。

返事のない行ってきますを言って、私は息苦しい家を出た。
きっと、血の繋がらない姉はまた「ミハルさん」と呼ばれたことに傷付いた顔をしているんだろう。

胸の中がちくりと痛んで、私はそれを振り切るように足早に学校への道を走る。


私の両親が亡くなったのはもう大分前だ。
天涯孤独の身になった私を引き取ったのは父方の叔母夫婦。
たどり着いた家で、私が歓迎されていないのは空気で分かった。
養父となる叔父は私を見なかった。
妹になる従妹は私を敵意の目で見ていた。
姉になる従姉は、妹が増えたと喜んでいた。

叔母と従姉が居るとはいえ、私の居場所がないのは仕方のないことで。
私は出来る限り外出を控え、当てられた小さな部屋のなかで過ごしていた。

従姉・・・姉になったミハルさんはとてもできの良い女性だった。
頭も良いが、なにより大人で、誰に対しても素晴らしい気遣いの出来る女性。
ひねくれた私から見たらまるで、聖女。
歓迎されていない私のことも本当の妹のように可愛がってくれる人。

この家の中、人間扱いすらされなかった私を唯一人間扱いしてくれていた。

とても美人で、気遣いが出来て、誰もが彼女を好きになる。
私とは正反対の人。

・・・だから、初めて出来た恋人が彼女のことを好きになって、私を、振ったことは、ショックでもなんでもなかった。
その時に思ったのは、ぼんやりと「やっぱり」だった。
私に悪そうに、ひたすら謝る恋人が哀れで、何よりも謝られている自分が空しくて。
もういいよ、って言ったときに見え隠れした嬉しそうな表情にショックを受けなかった、と言えば嘘なのかもしれない。
でも・・・その時には既に彼はもう別の世界の人になっていた。
私にはもう関係のない人。

彼がミハルさんにフラれたと聞いたときは、ざまぁみろって言ってやった。

恋愛なんて、面倒くさい。
人を好きになるなんて、厄介だ。
プライベートでも人付き合いを徐々に絶つようになったのも、同じ頃だった。


高校を卒業したら家を出て行こう。
叔母が病気で亡くなったのはちょうどそんなことを考えていたときだった。


―――


高校を卒業した私は安いアパートでバイトを掛け持ちしながら1人で暮らしていた。
仕事以外で人と付き合いのない生活は、余計なことを考えなくて済む。
私に好意を寄せるという奇特な人間もいたが、全部断った。

私の中にはまだ、ミハルさんに憧れ、自分を貶めるように情けなくも謝った彼の残像が残っていた。

そうしていく内に、日曜日の午後はミハルさんと話して過ごすようになっていた。
私が家を出て行ってからも、ミハルさんは私のことを気にかけてくれていたようで。
毎週日曜日の午後、私のバイトがない時間。
その時間は日の当たる公園のベンチで話をしながら過ごすことが当たり前になっていって。

話の内容はなんてことない話。
家のことには触れず、当たり障りのない日常の話。

いつの間にかその時間を楽しみにするようになっていった。
日曜日の昼下がり、その時間だけが私の拠り所。

それが崩れたのは1年ほど経ったある日のこと。

いつものようにミハルさんと喋りながら過ごしていると、ミハルさんが飲み物を買ってくると言ってベンチを立って歩いて行く。
歩く姿は百合の花、なんて彼女のことを言うんだなぁ、なんてのんきに考えて見送る。

麗らかな日差しに当てられてあくびを1つ。

閉じていた目を開けたときに、私の目の前にはウサギが1羽。

それが、普通のウサギだったらどれだけよかっただろう。
そのウサギは赤い服を着て眼鏡をかけていた。
ああ、疲れているんだ。幻覚を見るなんて。
もしくはベンチで寝落ちして見ている夢。


だから、そのウサギがウサ耳の生えたお兄さんになったときも、そのお兄さんに拉致されて穴に落ちたときも。
落ちた先がよく分からない国だったときも。

全部全部夢だと思った。思っていた。


けれどいつの間にか。
本当に、いつの間にか、私は夢の国の住人達との生活が心地よくなっていって。
ビバルディ、エース、ブラッド、エリオット、ディー、ダム、ゴーランド、ボリス、ユリウス、ナイトメア。
私をこの世界に引きずり込んだ白ウサギペーターすらも。

いつの間にか、――になっていて。

いつの間にか、私は、この世界に住みたいとすら思っていて。

目覚めなきゃと思っていた心は、目覚めたくないという心に変わって。

それは、【引っ越し】があっても変わらなかった。
弾かれてしまったというゴーランドとユリウスに会えないのは寂しかった。
それでも、また引っ越せばいつか会えるかもしれないと。

そう、信じていたのに。



私は1人弾かれて穴の中。





1人位穴を落ちていく途中、

「四季」

『許さないわ』

私を不思議の国へと案内した白ウサギの声が、私が見捨てた姉の声が、聞こえたような気がした。








Lost Time Prologue
(あぁ、始まりはどこだったのだろう)




―――
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