「あれ?アリスじゃん。どうしたの?」
何処かへ出かけるところだったのか、珍しく遊園地の入り口でボリスと遭遇する。
「美奈に会いに来たの。無理にでも連れ出さないと本当に外に出ないんだから」
もう、と言いながら腰に手を当てるアリスはまるで妹に手を焼く姉のように見える。
「あー・・・」
美奈、と聞いた瞬間ボリスが神妙そうな顔つきになる。
「・・・?何かあったの?」

ボリスのこんな表情を見るのは初めてかもしれない。

忘れかけていたが、この世界は少々・・・否、かなり危険だ。
何か恐ろしい事でもあったのではと気が気でない。
「いや、ちょっと取り込み中っぽくてさ」
「・・・取り込み中?あの引き籠もりの美奈が・・・?」
大まじめな顔で言うアリスにボリスは苦笑を浮かべる。
「言うねー・・・」
事実でしょう?と肩をすくめるアリス。
否定できるだけの材料がないので、ボリスもまあね、と軽く肯定する。
「それで・・・何をしているの?」
「んー?」
ボリスのしっぽがぴこぴこと動く。
そういう所は猫だな、などと思考が少し逸れる。
「なーんかおっさんがさ、美奈が泣きそうだとか言って追いかけていったんだよな」

「泣きそう・・・?」

儚い、という訳では無い。
ただ、美奈には何処か影がある。
無表情か仏頂面、その奥では周囲を警戒しているし、常に張り詰めていた。
それが、ここ最近は緩んでいるのか、ふっと表情が翳る。
ゴーランドと居るときでも、ボリスと居るときでも、アリスと居るときでも。
無表情の奥で何かを耐えているような、そんな顔。

ふとした瞬間、張り詰めていたものがたわむ。

「怒らせてないといいんだけど・・・」
「おっさんだからな・・・」

二人はほぼ同時に顔を見合わせ、溜息を吐く。

「様子・・・見に行きましょうか」
「だな」

美奈がキレて暴れて居ませんように。

ゴーランドの屋敷に向かいながら二人は心の中でそう祈った。







可笑しい。
遊園地にあるメリーの屋敷の中、歩きながら私は考える。
可笑しい。どう考えても、可笑しい。
私がここに『落ちて』きてからどのくらい日数が経ったのかは分からない。
何せ時間経過が可笑しいのだ。
正確に何日なんて数えられない世界で・・・もう何十回と時間が変化した。
その間メリーに引きずられ遊園地を歩かされ、アリスに引っ張られ外出し、ボリスの暴走カートに付き合わされ。

・・・けれど、忙しいはずなのにメリーが一番私に構っているような気がする。

拒否しようと思えば拒否できるはずだ。
だって最初はそうしてたんだから。
それなのに・・・それが出来なくなった。

「可笑しい、こんなの変」

メリーに会うのが苦痛で仕方ない。
・・・そりゃあ、あのおっさんの狂演奏なんて好きこのんで聞きたく無いし。
でも、会いたい。

「そんなの・・・」

こいをしているみたいじゃないか。

その思考に至って、自分の顔が歪んだのが分かった。
痛い、痛い痛い痛い痛い。
心臓が、何かが刺さったように痛い。
苦痛、憎悪、愛しい、大好き。
・・・大好き『だった』アイツを思う。

「美奈」
「・・・・・・何」

表情を取り繕うこともなく、私はゆっくりと振り返る。
ここはメリーの屋敷なんだから、居ても可笑しく無い。
仕事中じゃないなんて、運が悪い。

好き?私が?メリーを?
・・・馬鹿げてる。そんなの可笑しい。

そのはずだ。

「どうした?・・・何か悩みでもあるのか?」
真っ直ぐな・・・あまりに真っ直ぐすぎる目には本当に私を心配している色が見える。
だから、辛い。
だから、一瞬だけ重なる。

「美奈?」
『美奈』

「・・・ったしを、」
「具合でも悪いのか?」
「私を呼ばないで!!」

痛い。
無くしたはずの心が痛くて、悲鳴を上げている。
思い出させないで、忘れさせて。

「私は・・・アンタなんか嫌いなのよ!だいっきらい!!」

口をついて出たのは、心とは正反対の言葉。
けれどメリーは「大嫌い」に傷付いた素振りなんか見せずに私の目を見る。

違うんだよ・・・分かってる。
アイツは私をこんな風に見たりしなかった。
アイツは、もっと。

「・・・あんた、泣いてるぞ」

もっと、冷たく見たから。

「泣いてない」

思い出して泣くなんて最悪だ。
女々しいにも程がある。
乱暴に目元をこすって、居ると頭上からメリーの溜息が聞こえた。
・・・と思った瞬間には、目の前に黄色のジャケット。
「・・・え」
抱きしめられている。

誰が、誰に。
私が・・・メリーに。

「泣きたいんだろ?こうしてれば誰にも見られない」
「泣きたくなんか無い。放せ、変態」
これ以上はダメだ。
自分の中で何かが崩れる。
それなのに・・・悲鳴を上げた心が勝手に涙を流す。
私にも、まだ心があったのか。
とんとん、とメリーの手が背中を軽く叩く。
「美奈」

何で・・・。
何でだ?
何でこうなったの?
何処で道を間違えた?
どうして・・・。
泣くな、泣くんじゃない。
荒くなりそうな息を必死で抑え、ゆっくりと口を開く。
「何で・・・」
「ん?」
「何で、こんなに優しいの」

最初から私は拒絶していたのに。
メリーの手も、ボリスの声も。
全部払いのけてたのに。
拒絶していれば自分派傷付かなくて済む。
だけど、いつの間にか入り込んでいた。
メリーの手も、ボリスの声も、アリスの笑顔も。
いつの間にか望んでいた。

本当は、私は。

声を出さないのは私の小さいプライド。
メリーの胸に額を押しつけて、唇を噛みしめる。
「あんたはいっつも辛そうだ」
優しい声はいつも、簡単に心に入り込む。
「俺は、あんたに幸せになってもらいたいんだ」
何それ、バカみたい。
語りかける声も、背を撫でる手も、全部が優しい。
遠い過去に私が望んでいた物を浮き彫りにされるような気になってくる。
もっとこうしてほしい。
そう思ってしまった私はもう、溺れている。

「ゴーランド」「おっさん」

ふと背後から聞き慣れた声がして、体が震えた。
聞き慣れすぎて・・・というよりも、私はこの三人の声しかまともに認識していない。
「ゴーランド・・・貴方美奈を泣かせていたのね!?」
「お、おい!?誤解だ!!」
メリーは私の背に回した腕に少しだけ力を込めた。
「いや・・・誰がどう見てもこの状況じゃ・・・」
表情は見えないがボリスの声には哀れみが含まれている。
「おっさんが悪い」
「ぐっ・・・」
メリーが項垂れたのが分かる。

(何でこんなのを好きになっちゃったんだろう)

いつの間にか、いつの間にかだ。
いつの間にか心に入り込まれて、捕らえられていた。



一番の大馬鹿は、私自身だ。



不機嫌彼女の戸惑い
(恋なんてしない、そのはずだったのに)


(加筆修正:2013/11/18)



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