【落とされた】

私は、この世界に落とされた。
よく覚えていない。
気がついたら私はこの遊園地に立っていて、メリー=ゴーランドとボリス=エレイに保護された。
珍しい・・・【余所者】として。

手元のプレイヤーを弄り、音量を上げる。
ガンガンと大きな音が耳元で響く。
それと同時に周囲の音が消えていく。

音なんて、聞きたくない。
遊園地で遊ぶ人達の楽しそうな声を聞いていると押しつぶされそうになってくる。
何で、私はここに居るんだろう。

「よ、美奈。こんな所で何してんだ」
ふいに片耳のイヤホンが外される。
「・・・・・・」
何か用?と目で尋ねる。
「いや?特に用はないんだけどな。あんたを見かけたからついな」
ははっとメリー(ちなみに本人はこう呼ばれるのを嫌がっている)が笑う。
だったら放っておいて、と口の動きで言う。
あー、面倒くさい・・・。

「そういうワケにもいかないだろ。アリスもそうだが・・・美奈はそれ以上に放っておけないからな」
「煩い・・・メリー=ゴーランド」

ボソリ、と吐き捨てるように言う。
短い間だとは言え私の性格は分かっているはずなのにこいつは・・・いや、ボリスもか、やたら構う。
面倒くさがりの私としては出来れば放っておいて欲しい。
・・・確かにここに滞在させてもらってるのはありがたいけれど。

メリー=ゴーランドという単語・・・というか自分の名前だろうに、それを聞いたメリーの顔が引きつる。
「あのな・・・美奈までそう呼ばなくていいんだからな?」」
「呼ばれたくないなら放っておけば?」
ふんっと鼻を鳴らして対応する。
こんなやたらと広い遊園地を経営出来るような権力者が、私に構うような理由なんてない。
珍しい【余所者】だっていう理由で構われるくらいなら不愉快だから一切構わないでもらいたい。

「・・・よし、それであんたに構っていいんだったら好きなだけ呼べ」
「・・・・・・ドM?」
うるせえ!と頭をグリグリと撫でられる。
何で嬉しそうなんだこのおっさん・・・。マジでMなんじゃねえの?
・・・意味分かんない。
「別に嫌がらせしたいわけじゃないけど・・・」
何か妙に嬉しそうな顔に毒気が抜かれる。
まあ、心の中ではメリーと呼ばせてもらうことにしよう。
「よし、オーナーのこの俺が直々に遊園地の良さについて教えてやろう」
ふっふっふ、と笑う姿はまるで悪役・・・・・・見えないな。
こんな悪役見たことがない。

「あら、よかった。今日はちゃんと外にいたのね」

アリスが向こうから歩いてくる。・・・ボリスも一緒か。
面倒くさいな・・・。
ボリスは嫌いじゃないけど、時々かなりしつこいから苦手だ。
「おー、丁度良いところに。アリス、あんたも遊んでいくか?」
「ええ、もちろん。普段なら遊ばないけど美奈を引っ張り出せるなら喜んで遊んでいくわ」

さりげなく酷いこと言ってる気がするんだけれど。

「おいおい、普段から遊んで行ってくれよ」

がっくりと項垂れるメリーは何というか・・・アホの子に見える。

「・・・っぷ」

思わず、吹き出す。

「・・・」
「・・・」
「・・・笑った」

ボリスがボソリ、と呟く。
3人分の視線がこちらに向いていて・・・かなり居心地が悪い。
「・・・ゴーランド、ボリス」
アリスの一声で2人が私の両脇をがっちり固める。
・・・若干浮いているような気がするのは気のせいだろうか。いや・・・気のせいじゃないなこれ。
「今日は一日外よ!美奈、貴女はもっと外に出るべきだわ!」
ビシッと言う効果音が付きそうな感じでアリスが指を突き付けてくる。
メリーとボリスに引きずられながら・・・今日は一日が長そうだと溜息を吐いた。





アリスは滞在場所である時計塔に帰っていき、ボリスは猫らしくふらふらと何処かへ行ってしまった。
時間帯は夜。
こんな私でも夜の遊園地はキレイだと思う。
「今日は楽しかっただろ?」
メリーを睨むが・・・大して堪えてはいないようだ。
疲れた。凄く疲れた。
「そんな睨むなって。で?」
「・・・疲れた。眠い。全人類滅べばいいのに・・・そうだ・・・みんな死ねばいい・・・」
メリーが吐いた溜息に妙に胸がざわつく。
「何だってそうあんたは廃退的なんだ・・・」

その言葉に胸の奥がズキリと痛む。

「別に・・・私だって最初からこうだったわけじゃない」
そう吐き捨てて空気を吸い込む。
色々あった。
感情は・・・全部殺したつもりだった。
あのことなんてとっくに忘れてるつもりだった――――忘れられるわけがない。

ぽん、と頭に手が載せられる。

「昔、美奈に何があったか俺は知らない。けど今はここにいるだろ?俺じゃなくてもボリスやアリスだって居る。1人で考え込むなよ?」
「・・・おっさんっぽい」

ストレートに言われた、飾り気のないその言葉に・・・柄にもなく照れる。
照れて・・・ついそんなことを言ってしまう。
「おいおい、慰めてやったのにそれかよ」
「慰めてなんて頼んでない」

そう言ったけれど・・・メリーの言葉が思った以上に自分の心に入ってきたのが驚きだ。
1人じゃない・・・。
「まあ・・・その・・・」
改めて言うのには気恥ずかしく、口をもごもごさせてしまう。
「・・・・・・ありがとう」
小さな声で言う。向こうに聞こえたかは分からない。
「よし!」
聞こえてきたかは分からないが、メリーが私の手を取る。
「観覧車に行こうぜ。昼は遠くまで見えるけど、夜はライトアップされててキレイだぜ?」
強くはない力で引っ張られる。

拒否しようと思えば、拒絶できる。
振り払おうと思えば、振り払える。

でも・・・拒否しようと思わない。振り払おうとも思わない。
こんなんでもオーナー。大して待たずに観覧車に乗れる。
メリーが言うように、夜の観覧車から見える景色はとてもキレイだ。
「な?キレイだろ?」
人のいい顔で笑うメリーに、ふっと『アイツ』が重なる。

・・・思わず、泣きそうになる。

一番大好きで、一番憎いアイツ。
「美奈?」
でもアイツはメリーみたいにいい人じゃない。
いい人なんかじゃなかった。
「何でもない」
忘れたいのに・・・忘れなきゃいけないのに・・・。
握った拳に爪が食い込んで痛い。
でも、痛いくらいがちょうど良い。
(ドMは私か)
自嘲的な笑みを浮かべ、私は外の景色に目を移す。
月並みだが宝石のような夜。けれど心と感情は冷えていく。

「・・・何?」
「撫でてるんだ」
頭を撫でられる。
「・・・・・・」
何でだ、と目で訴える。
「その目は止めろって・・・」
ドMなのに打たれ弱いのか・・・。
「何でもない。どうせ、昔のことなんだから」

私はどうして此処に居るんだろう。
落ちてきた、落とされた。
理由は覚えてない。
私は、元の世界で何をしていたんだっけ?
私は、どうやって此処に来たんだっけ?

『美奈、――――』

思い切り、顔をしかめる。
嫌なことを思い出した。
こんな時に思い出すなんて・・・最悪だ。

「大丈夫そうには見えないぞ・・・」
「・・・・・・」
大丈夫、私はそう繰り返す。

だから嫌なんだ。
この男の言葉は、私の心に簡単に入り込むから。




不機嫌彼女と優しい侯爵
(だからアンタはメリーなんだよ)(何だよそれ!っつかメリーって言うな!)


(加筆修正:2013/11/18)



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