見慣れない人が居る。

今アリスが居る場所は遊園地。
訪ねる度に違う客がいて、中々同じ顔を見かけると言う事は少ない。
けれど、そこに立っている少女には【顔】があった。
東洋人らしき少女は何が面白くないのかしかめっ面のままコートのポケットに手を入れぼうっと突っ立っている。
ふっと彼女はアリスに気付くと、頭から爪先まで観察するような視線を向けた。

―気分が悪い。

誰だってそうだろうが観察されて喜ぶような人間は居ない。
目を細めた彼女の唇が【余所者】と動く。
(え・・・まさか)
そのまさかがありえるのかもしれない。

「よう、アリス。来てくれたのか」
と、その時遊園地の主がアリスに声をかける。
「ええ。たまにはね」
その言葉の通りアリスはあまりここには来ない。
滞在場所である時計塔の主、ユリウスの手伝いをしていることが多い。
「ねえ、それよりあの・・・」
アリスがゴーランドに声をかけるよりも、彼女の顔色が変わる方が速かった。
ゴーランドの姿を認めた瞬間、少女の顔が苦虫を噛み潰したような物に変化する。
そのままフードを目元まで被ってしまい、そそくさと逃走しようとする。

「美奈!そこに居たのか!」
しかしゴーランドはそれを逃がさずに、アリスにしたのと同じような調子で【美奈】という少女に声をかける。
びくっと彼女は体を震わせ、逃げる体勢に入り・・・ゴーランドに腕を捕まれてそのままズルズルと引きずられてくる。

「こいつは美奈。アリス、あんたと同じ余所者だ」
美奈、と紹介された少女はフードを目深に被ったまま一言も発しようとしない。
「・・・美奈」
はぁ、と溜息を吐きながらゴーランドは彼女が被っていたフードをはぎ取る。
「・・・!」
突然に行動に美奈は顔をしかめる。

長い黒い髪、顔立ちは整ってはいるもののどうにも作り物めいて見えるのは表情が薄いからだろうか。
本人にそのつもりがあるのかないのかは分からないがしかめ面を抜いても目つきが悪い。

「・・・?」

ふと、変な音がすることに気付く。
恐らく、音楽。
それは美奈の方から聞こえてくる。
よく見れば何か線のような物が美奈の耳から、ズボンのポケットに向かって伸びている。
(何かしら・・・あれ)
ゴーランドは無言でその片一方を引っ張る。
「・・・・・・」
舌打ちをし、美奈はその手をはね除けると線を―正確にはその線の先に取り付けられた球体の物体―を耳に戻そうとする。
「美奈、あんたなぁ・・・人と話すときくらいはそれは取れって」
「・・・・・・」

話したくない。

口の動きで分かるが、ムッとする。
アリスが美奈をにらみ付けると流石に罰が悪そうな顔になる。
「アリス=リデルよ。貴女も口があるんだから喋れるでしょう?」
「・・・・・・」
もごもごと口が動く。
「聞こえないわ」
「・・・月原、美奈」

小さな小さな、耳を澄ませなければ聞こえない声。
「そう。何て呼べばいいかしら」
「・・・好きに、呼んで」
感情だけが抜け落ちたような冷たい声。
「ゴーランドと同じように美奈って呼ばせてもらうわ」
いい?と目で尋ねると美奈は落ち着かないのか目を逸らす。
「私のことはアリスでいいわ」
美奈はいそいそとフードを被りイヤホンを戻すと小さく頷く。
「ま、こんな奴だけど仲良くしてやってくれよ。同じ余所者同士だしな」
ぽんぽんとゴーランドは美奈の頭を軽く叩く。
何となく、彼女の不快指数が上がっていくのを感じる。

「美奈は此処に滞在しているの?」
肯定の意味を込めて、美奈は頷く。
「貴女も誰かに引っ張り混まれたの?」
その問いかけには首を横に振る。
「喋ろうよ」
また、首を横に振る。
「あー・・・こいつはいつもこうなんだ。必要最低限しか喋らねえ」
いや・・・とゴーランドは顎に手を当てる。
「必要最低限も喋らないな。・・・気付くと部屋に引きこもってるしな」
どんだけ酷いのよ、と美奈を見れば彼女はまたもふっと目を逸らす。
「所で、さっきから耳に何かを入れてるみたいなんだけど・・・それは何なの?」
「・・・・・・」
美奈は片耳のイヤホンを外すとアリスに手渡し、指で耳を指し示す。
「入れればいいの?」
彼女が頷いたのを見て、アリスはおそるおそるそれを耳に入れる。

「・・・・・・音楽が聞こえる」

ジャンルは何に分ければいいのか。
アップテンポな曲が流れてくる。
「不思議だろ?それ」
ゴーランドは興味津々といった様子でイヤホンと、美奈が手にしているプレイヤーを交互に見る。
「音楽、聞けるもの」
ポツリ、と美奈が口を開く。
「聞いてれば怖くない。みんな、話しかけないから」

排他的だ、と思う。
彼女は他人を望んでいない。
それと同じくらい【他人に自分を望んで欲しくない】と望んでいる。

「アリスは」
「何?」
「・・・変」

一呼吸置かれての発言。フードの下で口元が歪められたのが分かった。
・・・笑っている。

「へっ・・・!?変って何よ!貴女の方がよっぽど変だわ!」
「知ってる」

美奈はそう言うとアリスの手からイヤホンを取って耳に押し入れると黙り込む。

「良いわ、アンタがそうなら是が非でも外に連れ出してやるから!」
フードをはぎ取り、アリスは彼女の腕を掴む。
「ゴーランド!少し美奈を借りていくわ!」
「お、頼む頼む。放っておくと全く外に出ないから心配してたんだ」
楽しそうに笑うゴーランドに、美奈の機嫌は急降下していく。
「外出たくない・・・中で良い・・・」
「ダメよ!引き籠もりなんて体に悪いわ!」
アリスにズルズルと引きずられ、否応が無しに遊園地の外へを引きずり出される。
そうしてたどり着いた時計塔広場。
行きつけのカフェの席を取ると、美奈は眉を寄せて遠慮がちに口を開く。

「アリスは・・・」
「喋れないんだと思った」

アリスのその言葉に美奈はちらりと彼女の方を見る。
「喋れないわけじゃない・・・喋りたくないだけ」
一瞬だけ合った目に見えたいっそ清々しいと言える暗い色。
恐怖と、絶望と、不信感。

「人間なんて滅んじゃえばいいのに」
ボソリと呟くその目にはキラキラした鈍い輝きが見える。
「・・・・・・人格破綻してるわね」
「知ってる」
ニヤリ、と口元に笑みを浮かべる。
「・・・貴女、ずっと引きこもっていたわけ?」
アリスの問いかけに美奈は考え込む。
「・・・ボリスに引きずり出される時以外は。偶に日の光を浴びたくなったら出るけど」
聞けば今日出ていたのもその【偶に】ある日の光を浴びたくなった時だと言う。
「さっき言ったけどアリスは・・・変」
「貴女には言われたくないんだけど」
「・・・・・・だって、初対面の人とこんなに話が盛り上がったの初めてだし・・・」
「これ、盛り上がってる?」
普段は一体どんな風なのか・・・。
ツッコみを入れたくなったがこの短時間で分かる。
一切会話など無いのが容易に想像付く。
「いいわ。これからも引っ張り出してあげる」
にっこりと笑みを浮かべて言うと美奈はすっと視線を逸らす。
「手加減なんてしないから覚悟しなさいよ?」
「ほっといて・・・」
「ダメよ」



不機嫌彼女の憂鬱
(あぁ、面倒くさいのに捕まった)



(加筆修正:2013/11/18)



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