「そういや知ってる?」

「出て行け猫」

自室でいつものように本を読んでいた美奈は顔を上げる事もなく不法侵入をしているチェシャ猫に言い放つ。
「ひっで・・・」
「本読んでるから邪魔しないで」
「いやいや、少しは気にしてよ」

ぴこぴことしっぽを動かすボリスに、ため息を吐く。
「で、何の話」
「いやさ、美奈っておっさんの【役】について知ってたかなーって」

栞を挟んだ本をテーブルに置きながら顔を上げる。

この世界の住人は二種類に分けられる。

顔の区別がはっきりとした【役持ち】と、顔の区別がつかない替えが効く存在である【役無し】達。

更に役持ち達はなにやら役割を持っているらしい。

そういった話は少しは聞いているものの、自分が24年間見てきた常識とがらっと変わられては中々理解しがたいものがある。
そんな心情も(と言うよりもぶっちゃけた話をすると理解するのが面倒なだけだったりもするが)あって右から左に流してしまっていた。

「役ってあれでしょ・・・?アンタはチェシャ猫。確かブラッド=デュプレが帽子屋だっけ?そのまんまだよね」

あの装飾過多な奇妙、もとい個性的な帽子を思い出す。
「そうそう、この世界に役持ちは12人いるんだよ」
「12人・・・?」

今まで出会った人を思い浮かべ、2人ほど足りないような気がしてふと考え込む。

「ハートの女王、白ウサギ、騎士、帽子屋・・・エリオット=マーチは・・・三月ウサギか、後双子にチェシャ猫、時計屋。んでメリー」

美奈の言葉にボリスが吹き出す。
「・・・・・・あんまりおっさんをそれで呼ぶなよ?まぁ、美奈は特別だろうから大丈夫だとは思うけどさ・・・」
ボリスの呟きに美奈は口元を歪ませる。
「ま、いいか。話を戻して、ハートのキングも居るんだよ」
「居たの?」
美奈が真顔で言うのにボリスは苦笑する。
「あそこは女王様が強いからねぇ」
「・・・あぁ、うん」
先日会った女王様を思い出して、美奈の顔にも苦笑のようなものが浮かぶ。

「で、後1人は?」
「夢魔さんは会った事ないんだ?」
「・・・前にウサギとエースにも言われたけど、何?そんなに会えない奴なの?」
尋ねれば、引き籠もりだからね、と返答が帰ってくる。

引き籠もりと引き籠もりが会えないのは当たり前だろうと心の中で思う。

「そこで、だ」
「最初の話に戻るんでしょ?」

この領地の主、メリー=ゴーランドの【役】

(この世界自体が不思議の国のアリスを元に構成されてんでしょ・・・?)

ハートの女王や白ウサギ、帽子屋なんかは有名所だし分かる。
そもそも遊園地が存在している時点で色々とぶっ飛んでいる。

「侯爵」
「は?」

ボリスの耳が動き、しっぽが揺れる。
その目の色には愉快犯のような色が見え隠れしている。

「侯爵?」
「そう」
「アレが?」
「そ、アレが」

一瞬、口元に笑みを浮かべ、そして吹き出す。

「こっ・・・侯爵ってアレ?所謂地位の事?」

真顔を保とうとしているようだが、その口元は緩んでいる。
微笑んでいるというよりも、笑い出しそうになっているのを堪えていると言った方が正しいが。

「そう、地位」

とうとう、腹を抱えて沈没する。
ひとしきり笑うと、美奈は顔を上げる。
口元が引きつっている。

「・・・・・・大丈夫なの?この領地」
「笑うだけ笑って言うのがそれって」

普段の真顔に戻って第一声。
これだけ長い間居れば大丈夫だということは分かっている。それでも一言言いたかった。

「おっさんの事、何か見る目変わる?」
「いや、それはない」

声だけを聞けばなんとも冷たい響きを感じるが、その目は何処か愛しさすらたたえていて。

「アンタでよかったよ」

不思議そうな顔をする美奈を見ながら、ボリスは猫のように笑った。





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