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美奈・・・美奈・・・
誰かが私を呼んでいる。
夢だと・・・妄想だと思った。
だって、今はもう私を呼ぶはずのないアイツの声だったから。
好きだと言ってもらえて嬉しかった。
やっと【月原 美奈】を見てくれる人に出会えたんだって思ったから。
だから・・・あの発言を聞いたときは「やっぱり」と痛感した。
それでも、
偽りだと知っても幸せだった。
あの時間は大事だった。
大切だと、思っていた。
美奈、美奈。
誰かが私を呼ぶ。
夢じゃない。現実、で?
これは誰の声?
何処かで聞いたような、胸が痛くなる声。
それでももっと聞いていたくなるような声。
体が痛くて動かせない。
熱くて、視界がぼやける。
全身に重しが付けられているようだ。
重くて・・・自分の意思では動いてくれない。
どこからか救急車のサイレンが響いてきた。
そこでふと思い出す。
アレは私を迎えに来た救急車だ。
青信号で渡っていたはずなのに車に吹っ飛ばされたことを思い出す。
痛いなぁ、と何処か他人事のように思う。
美奈。俺の声が聞こえるか?
誰だろう。
さっきの声。
誰かが私を呼ぶ。
眠くて仕方ないんだ。
静かにしてよ。
声にならない声でそう呟く。
美奈、美奈。
何度も、何度も私を呼ぶ。
煩いなぁ、私はここで倒れてるよ。
見れば分かるでしょ、と悪態を吐く。
痛みがどんどん増していく。
「美奈!!」
「・・・っ!?」
突然の大声に意識が引き戻される。
そうか、アレは・・・夢だったんだ。
「って・・・何でアンタが此処に居るんだ・・・」
寝起きで体がフラフラするが、メリーの襟元をひっつかむ。
「従業員があんたが目を覚まさないって騒いでてな」
だからって女の部屋に勝手に入り込むのかお前は。
寝起きな上に・・・嫌な夢をみたせいで普段より増して機嫌が悪い。
「はあ・・・あんたがどっかに行っちまう前に引き戻せてよかった」
ぐっと引き寄せられる。
捕らわれてはいけない、そう思っていたはずなのに溶けていく。
安心感、だ。
メリーと一緒に居ると酷く安心する。
この人は受け入れてくれると理解しているから。
安心感に沈んでいく。
ダメだ、そう思っても・・・思う事に沈み、捕らわれる。
私は、もう、とっくに、
「美奈・・・?」
一番最初にメリーを意識してしまった時に、私は・・・捕らわれていた。
メリーの背に腕を回して、額を押しつける。
「顔見たら殺す」
泣き顔なんて見られたくない。
何で泣いてるのかすら分からないのに。
メリーも何となく察してくれたのか、何も言わずに背中を摩ってくれる。
子供扱いされているようなのに不快じゃなくて、もっと撫でて欲しいと思ってしまう。
元の世界よりここの方が居心地がよくて、帰りたくないと・・・ここに居たいと思ってしまった。
この世界が夢なのか現実なのか分からない。
分かろうともしていなかった。・・・分かりたくなかった。
一歩踏み出すのが怖かった。
踏み出して拒絶されたら、今度は立てなくなるから。
今だって怖い。
拒絶しないで欲しいと思いながら、それでもまた拒絶されるくらいなら最初から拒んで欲しいとも思う。
だから。
「ごめん」
今だけは、拒まないで欲しい。
「今だけでいいから、私のこと拒まないで」
自分のことを弱いなんて思ってなかった。
だけど本当は弱かった。
耳を塞いで、何も聞こうとしなかった。
目を瞑って、何も見ようとしなかった。
口を閉じて、何も言おうとしなかった。
私はバカで単純だから、優しくされると誤解する。
誤解すればいいなんて言われたら甘えてしまうに決まっている。
甘えることを禁じないと、私はどこまでも怠惰に落ちる。
「いつだって、あんたを拒むつもりなんかないさ」
言葉に詰まる。
ぐるぐると、頭が回る。
「すき」
「美奈・・・?」
するりと口をついて出てきたあまりにも幼稚な言葉。
意味は分かっている。
使うべき場面も分かっている。
「私、貴方が好き」
あまりにも用地で、あまりにも単純な告白の言葉。
けれど、私はこれしか知らない。
頭がぐるぐるする。
『ゲームが終わるよ』
知らない声が頭に響く。
「今の、マジ・・・だよな・・・?」
メリーが強く私を抱きしめる。
「俺も、ずっとあんたが好きだった。ずっとずっと前から、あんたに幸せになってもらいたかった。だから、」
いぃぃぃぃん、耳鳴りがする。
ごちゃごちゃとした色の洪水の中。
私は宙に浮いていた。
そして・・・その瞬間に思い出す。
私が遊園地に『落ちて』きた夜、此処で小瓶を割ったことを。
声は言った。
『これは君がゲームをする為に必要なものだ』
美しいガラス細工の小瓶。
でも、美しさより先に息苦しさを感じて、嫌な汗が浮かぶ。
『これが亡ければ君は元の世界には帰れない』
それを聞いた瞬間私は小瓶を床(だと思われる場所)へ叩きつけた。
音と共にそれが砕け散る。
帰りたくない。
帰れなくて良い。
あんな所に居たくない。
それならば、最初から退路なんて絶ってしまえばいい。
「これが・・・最初から私の選択だった」
自分の頭に銃口を付き続けている。
もう、思い出せない。
大好きだったはずなのに。
両親の顔も、友達の顔も、憎いアイツの顔も。
全部全部、顔無しになった。
『罪悪感も感じないんだね』
声が嗤う。
罪悪感なんか、とっくの昔に捨てている。
「さよなら、大好きで大嫌いな、私の故郷」
目を開ける。
私は、まだ抱きしめられている。
心地良いと、安心すると。
「・・・帰るなよ?」
「帰れないよ」
退路はとっくの昔に無くなっている。
不機嫌彼女と本当の気持ち
(おねがい、わたしをこばまないで)(たのむから、ずっとここにいてくれ)
(加筆修正:2013/11/18)