「お前は・・・何をやってもダメだな」

子供の頃の記憶。
両親の口癖はコレだった。
だから私は努力をした。
ただ必死に頑張った。

だれも『私』を見てくれなかった。
だから、私は―――。






「好きなのよね?」
いつものカフェで私は美奈に詰め寄っていた。

ハートの奪い合い。
捕らわれなければ負け。
・・・ゲームオーバー。

友達だから、美奈には傷付いて欲しくない。
例え、これが夢でも。

「何が」
素知らぬ顔でコーヒーを飲む美奈はいつもと変わらない仏頂面をしている。
「ゴーランドよ」
・・・そして、いつもと同じ。
ゴーランドの名前を出すときだけ美奈の表情を浮かぶ。
「別に・・・」
カップをテーブルに置きながら美奈は小声で言う。

「・・・アリスは、好きな人が居るの?」
「え?」

美奈と目が合った瞬間浮かぶ、蒼い髪。
「ふうん・・・」
美奈はニヤニヤという笑いを浮かべる。
このままうやむやにしてやろうという意図を感じ、私は息を吐く。
「ええ、そうよ」
美奈が少し目を瞠ったのに溜飲が下がる。
カウンター入れると表情崩れるわよね、彼女。

きっと私が隠していたら話してくれないから。
どうか認めて幸せになって欲しい。
「時計塔に住んでる人よ」
「ああ・・・ユリウス=モンレーだっけ?」
少し聞いたことがある、とポツリと漏らす。

「誤解すればいいってさ」

小さな声が聞こえてきた。
「あんまりそういう発言すると・・・誤解するから止めろって言ったの。そしたら、誤解すればいいって」
「美奈・・・?」
「私は・・・誰かに愛されるような人間じゃない」
今にも泣き出しそうな顔で、美奈はそう続ける。
「正直止めて欲しいよ。そんな風に言われたらさ・・・私バカだから、期待するのに」

仮面が取れた。
ふと、そう思う。

傷付いた子供のように、今の美奈はとても弱々しく・・・いつも以上に脆く見える。
触れたら消えてしまいそうな。
触れたら・・・崩れてしまいそうな。

「どうすればいいのか分かんない。もう恋愛なんかしないし、必要以上に人と関わる気なんかなかったのに。バカだ・・・消えたい」
「美奈!」

怒ったような声を上げると、美奈がビクリと体を震わせる。
これでは本当に子供だ。
「ゴーランドの事、好きなのよね?」
戸惑いながら・・・美奈はゆっくりと頷く。

「私もね・・・初恋の人が姉さんに惹かれてしまった事があったの」
「・・・」
少しだけ広がった驚きの感情。
「貴女とは違って・・・姉さんはその人を気にもしなかったわ。でも・・・私は、姉さんのようにはなれないと思った」

そして、恋愛なんて面倒なことはしたくないと思った。
「私たち、似てるわ」

どちらも恋愛に臆病で、自分に自信が持てなくて。

「・・・アリスは、その・・・ユリウスと付き合ってるの・・・?」
こういう話に慣れていないのか、少しそわそわしているように見える。
・・・そもそも美奈は人との会話に慣れてないのか。
「そうね・・・そうなるのかしら」
弄ばれているのかと聞いたら面白いくらいに動揺していた。
「美奈だって・・・上手くいくわ」

余所者は好かれる。
そして・・・美奈を望んだのは、きっとゴーランド。
ゴーランドの美奈に対する態度は私へのものとは違う。
本当に彼女の事を大切に思っているんだと思う。

「美奈。貴女はこの世界に『落とされた』って言ってたわよね」

案内されたわけではなく、何かの力によって引っ張られた。

「貴女を望んでいる人が、貴女をこの世界に引っ張ったの」
どうやって、という謎は残っている。
でもそれが事実だから。
「私を・・・望む人・・・」
その時美奈の目に表れた感情は、純粋な驚きだった。
「そんなの、」
「あるわ」
彼女の言葉を遮って言い切る。
だって、ゴーランドも美奈が好きだから。
ボリスも分かっているのか、ゴーランドが美奈を連れ出している時には美奈にちょっかいをかけたりしない。
こういうのは当事者より周囲の方が気付くのかもしれない。

「とにかく当たってきなさいよ」
「他人事だからって・・・」
「私だって告白は勢いだったわよ?」

それでも美奈の顔色は晴れない。
「この国って何なんだろうね」
夢よ。
そう言おうとして、止まる。
想像に富んだ夢。
・・・本当に?
「元々住んでいた場所と違うのは分かる。・・・というか違和感があるの」
それを言ったらこの国は違和感だらけじゃないかしら。
「・・・後さ、思い出したんだ」
「何を?」
美奈は忘れていっていると前に言っていた。
昔付き合っていたという彼の顔、友達の顔、両親の顔すら。
声色の堅さに・・・それが良いことで無いことは直ぐに分かった。
それでも・・・聞かなくちゃいけない。
「私が『落とされた』時の事。・・・私、死んでるのかも」
さらりと、何でも無いことのように。
「え?え・・・?」
「『落とされる』直前に事故に遭ったんだよ。車と正面衝突。吹っ飛ばされて・・・『あ、死ぬな』って思った瞬間に『落ちて』遊園地に居た」
あまりにも重要な事を、何でも無いことのように。

そして・・・ナイトメアの言っていたゲームオーバーという言葉を思い出して顔から血が引くのが分かった。

もし、もしも・・・この世界が本当に異世界で、美奈が今生きているのがこの国に引っ張り込まれたからだとしたら・・・?
ゲームオーバーになったとしたら?

『彼女にとって、ゲームオーバーとは―――』

【死】そのものだということ・・・?

「アリス・・・?顔色悪いけど・・・」
「何でも・・・ないわ」
悟られないよう、それだけを口にする。
「それより大丈夫なの?」
「ん?何も異常はないよ。・・・まあ、元の世界に帰ったら死ぬかもしれないけど」
とても軽い言い方に、引いていた血が戻る。
・・・寧ろ頭に血が上る。
「死んでもいいの!?」

「別に」

淡々と聞こえてきた、あの日と同じ感情の抜け落ちた声。
「自分にも他人にも興味、なかったから。今も自分のことは嫌い。だから死んでも構わない」
「いい加減にして!貴女が死んだら私が悲しむわ!ゴーランドも!ボリスも!」
ねえ、今自分がなんて言ったか分かってる?

興味がなかったって言ったのよ。

けれど美奈はそうだといいね、とただ寂しそうに笑っただけだった。






「ゴーランド!」
兎に角イライラする。
美奈と別れたその足で遊園地にあるゴーランドの屋敷へと向かう。

・・・美奈に死んでほしくなんかない。
彼女は今までずっと辛い思いを抱えてきたのだから、幸せになってほしい。

「な・・・何だよ・・・。あんた、今日は一段と機嫌が悪いな」
「いいから来なさい。今すぐよ!」

屋敷の廊下、仁王立ちでゴーランドと向かい合う。
「・・・俺、あんたに何かしたか?」
「いいえ?私には何も?」

遠回しに聞いている時間は無い。
だから単刀直入に聞く。

「ゴーランド。貴方が美奈をこの国に引っ張り込んだのね」

ゴーランドは・・・分かりやすい。
今もそうだ。分かりやすい反応を返してくれた。
「・・・ああ、そうだ。俺は美奈が傷付いているのを知っていた」

だから・・・望んだ。この国でなら幸せにしてあげられると。

「あんたは案内人・・・ペーター=ホワイトに連れられてここに来たんだろ?」
ええ、と頷きながら・・・思い出したらむかついて来た。
「俺も、そんな風に引っ張り込めたらあいつがこの国で幸せになれるんじゃないかと思った」
確かに・・・ゴーランドはまだまともね(音楽センスと服装のセンスは壊滅的だけど)。
「じゃあ何で美奈は『落ちて』きたのよ」
歪んだんだ、とゴーランドは答える。
「元々美奈は入れるだけの素養を持ってたからな・・・」
辛そうにゴーランドが顔を歪める。
・・・ゴーランドは、美奈を望んでいた。
幸せになってほしいと、そうずっと願っていた。
「ねえ、ゴーランド?」
こんなの、私が言えた義理ではないけれど。

「美奈にははっきり言わないと伝わらないわよ。私以上に卑屈なんだもの」




不機嫌彼女の恋愛事情
(2人が好きだから、2人には幸せになってもらいたいの)


(加筆修正:2013/11/18)



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