「月原 美奈がここに居る理由?」
夢の中。
アリスはナイトメアに【美奈が此処に居る理由】を尋ねている。

「そう。美奈は・・・私みたいに案内されたワケじゃないって言ってたわ。『落とされた』って」
「そうさ。彼女はこの国に落とされた。案内されたんじゃない。『彼』の意思が強すぎて引きずり込まれたんだ」
病人のように青い顔でナイトメアが笑う。

「・・・『彼』?」

ふっととある男が浮かんで消える。

「ああ、君がよく知る人物だ。彼は美奈が深く傷付いていることを知っていた。けれど、ペーターのように引っ張ろうとも思わなかった」
いや・・・とナイトメアが口元を歪める。
「思えなかった。狂っているとはいえ、彼はこの国じゃまともだからね」
「この国にまともな人間が居るって言うの?」
呆れたようなアリスの声にナイトメアはそれもそうだな、と楽しそうに笑う。
「まともな方さ、彼はね。本当なら強く想った程度で『落ちたり』なんてしない。けれど彼女は・・・」
そこで言葉を句切るナイトメアに続きを発言する意思は見られない。

こんな時ばかりは、彼の心を読んでみたいと思ってしまう。

「とにかく、彼女は彼の意思でこの国に『落とされ』た」
ふわり。
ナイトメアはいつものように宙に浮いている。

「アリス。君が今もとの世界に帰るか否か、のゲームをしているように彼女もまたゲームをしている」
「私と同じように、帰るかどうかの?」
ナイトメアは首を横に振る
「彼女は、そのゲームを放棄している。最初に小瓶を叩き割ってしまったのさ」
え?とアリスはナイトメアを見る。

小瓶を叩き割った。
つまり、それは。

「ああ、そうさ。彼女は扉の鍵を自分から破壊してしまったんだ。彼女はもう、帰れない」

鍵がなければドアは開かない。
そして、ドアが開かなければ帰れない。

「彼女はゲームの途中経過を全て飛ばした。そして途中経過など全て無視して帰らないという選択をした」
「ま、待ってよ!じゃあ・・・」
美奈が今している『ゲーム』というのは一体何だと言うのか。

「ハートの奪い合いさ」

くくっとナイトメアは喉を鳴らして笑う。
「彼女は大人だ。けれど不安定で脆い、大人であって大人じゃない。子供じゃないけれど子供。彼女のゲームは捕らわれればクリア」
捕らえるんじゃない、ナイトメアが続ける。
「捕らわれなくてはならない」

今の彼女は不利だよ。

声ではない声が響く。
「彼女にとってゲームオーバーとは―――」

ナイトメアの言葉が聞こえない。
ふっと、夢から落ちていった。







「大丈夫?」
隣の席に座り心配そうな表情をする美奈に、アリスは頷いて見せる。
ここは帽子屋屋敷。
二人はブラッドのお茶会に誘われてきていた。
美奈は外出を嫌がったがいつものようにアリスが無理矢理引きずりだした。
行き先が帽子屋領だと言ったときにゴーランドが微妙そうな顔をしたのはそっと見ない振りをしておいた。

「・・・そんなに嫌だったの?」
「引き籠もりだし」

自分で言わないの、と諫めるも美奈は何処吹く風だ。
彼女は分かりやすく、この屋敷のNo2とよく似ている。

嫌いなものに対しては隠すことのない悪意を。
好きなものに対しては包むことのない好意を。

美奈が好いてくれているのは分かる。
だが、
(美奈が捕らわれなくてはいけないのは、きっと)
ナイトメアの話はぼんやりとしか覚覚えていない。
けれど何となく理解した。
(美奈を望んだのは――)

「やあ、お嬢さん方。来てくれて嬉しいよ」

このお茶会のホストであるブラッドの声にアリスは思考を中断する。
屋敷の主はいつものように気怠げに笑っている。

「・・・こんにちは」

美奈は美奈でいつもの仏頂面でぼそりと返す。
それを見たブラッドは随分と嫌われたものだと口元に笑みを浮かべる。
「慣れてないだけ」
目を逸らしながら美奈は小さな声で呟く。

「・・・ブラッド、嫌いなの?
「苦手」

アリスが耳打ちをすると美奈からはそう返ってくる。
確かに、この二人の性格が合うとは中々思えない。

「秘密の話とは妬けるな、お嬢さん」
「そのお嬢さんはどっちに言ってんのよ」
君だよ、と自分を指し示された瞬間美奈は吹き出す。
「おじょ・・・お嬢さん・・・」
そのまま暫く肩を振るわせている。
「貴女・・・笑えたのね・・・」
今まで見たことがあるのは無表情、仏頂面が基本で時々泣きそうな顔。
運が良いと微笑んだりもすることはあったが笑い声を上げたのは初めてだ。
そう言うと、笑っていた本人が驚いたような表情になる。

「・・・・・・何年ぶりだろ」

ぽつり、としみじみと言った様子で美奈は呟く。

「ねえ」
「んー」
「貴女は・・・この国が好き?」

一瞬、表情が翳った。

「好きなんじゃない?」
自分のことなのに要領を得ない。
「まぁいいわ。お茶会を楽しみましょう」
「ういーっす」
「あのね、女性なんだから淑女になれとは言わないからもっと慎みを持ちなさいよ」

アンタに言われたくない、とすぐさま反論が飛んでくる。

「どういう意味かしら?」
「そう言う意味ですよ」

横目でアリスをみながら美奈は口の端を持ち上げる。

「面白いお嬢さんだ。――が興味を持つのもよく分かる」
「だからお嬢さんは止めろっての」
「はいはい、二人ともその辺にしなさいよ」

アリスはそっと隣に座る美奈に目をむける。
いつもと同じ仏頂面。
けれど、何処かが違う。

「美奈」
「んー・・・?」
「・・・」

認めて欲しい。
ナイトメアの言っていた『ゲームオーバー』には嫌な予感しかしない。
「何でもないわ」
けれど何も言うことが出来ず、アリスは口を閉じた。



不機嫌彼女と少女の心
(捕らわれて、そしてここにちゃんと居て)


(加筆修正:2013/11/18)



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