わたしはもう一緒には居られないから。


「佐伯さん、バイバイ」


それだけを呟いて、わたしはドアの鍵を閉めた。










「面接に行ける・・・!」
送られてきたメールを見て机に突っ伏す。
わたしが九州の実家に帰ってきて2週間。
中々はかどらなかった就活も一歩先に進むことが出来た。
・・・いきなり明日、なんて凄い急だけど。
その時ケータイが着信を知らせて、思わずびくりとする。
相手は、おじさんだ。
何を期待してるのか、出そうになったため息を飲み込む。

自分から勝手に佐伯さんの側を離れたのに。

「ダメだダメだ。就活のこと考えなきゃ」
おじさんにメールの返信をして、わたしはパソコンに向かう。

あの日から、佐伯さん以外の人からは連絡が来た。
大和さんとおじさんには怒られて、崇生さんと漣君は心配してくれた。
勇太君はまたいつでもこっちに来てねって言ってくれた。

佐伯さん、は。

(怒ってるかな)
山陰地方に取材旅行に行くっていって、最後に行ってらっしゃいのキスをして。
アレが終わり。
これで良かったんだと言い聞かせる度に、胸の奥に刺さったものがズキズキと痛みを増していく。

鳴らないで欲しい、と、鳴って欲しい、が、ごちゃごちゃする。
「お、佐伯孝正の新作ドラマだって!」
弟の声にテレビを見ると、画面の中で佐伯さんが微笑んでいる。

(そうだよ)

元から、佐伯さんはテレビの中の人だったんだから。
本当だったら、出会うはずもなかったんだから。

浮かんできた涙を慌てて拭ってパソコンをシャットダウンする。
そのまま自分の荷物を掴んで、2階に駆け上がる。

室さんだって言ってたじゃない。
このままわたしが佐伯さんと一緒にいたら、佐伯さんの迷惑になる。
佐伯さんのことをもっと好きになっちゃう。

(杏)

耳に残る佐伯さんの声を振り払うようにわたしはベッドに倒れ込む。
明日は面接だから、と自分に言い訳をして布団を頭から被った。



「今回こそ・・・今回こそ内定もらうんだから・・・!」
「姉ちゃんのそれ、何回目だよ。聞き飽きた」
就活用のスーツに身を包み意気込むわたしにかけられる弟の辛辣な発言。
「うるさいなー・・・」
ぶつぶつ呟きながら支度を終え、玄関に向かう。
「多分遅くなるからご飯はいらない!」
靴を履きながらキッチンに居るであろうお母さんに言う。
深呼吸をして、ドアを開けた瞬間に目に飛び込んできた、見覚えのある・・・見慣れた黒い髪。

「・・・・・・」

開けたドアを閉める。
とうとう幻覚まで見え始めたのかわたし。
就活って辛いもんね。仕方ないよね。
そう思いながらそろーっとドアを開けると、思いの外強い力でドアを捕まれる。
「ね、杏?」
「え・・・?ええ!?」
こんな所に居るはずのない佐伯さんは、にっこりと、意地悪く微笑んでいる。
「何で俺に何も言わずに実家に帰っちゃうのかな。俺としては里帰りは全然オッケーだけど、せめて一言言ってから帰ってほしかったな」
にこにこと天使の微笑みにしか見えない悪魔の笑みを浮かべた佐伯さん。
こ・・・こわい。佐伯さんが凄い怖い。
「あ、あの、その・・・」
「そうだ。ハニー、今から面接なんでしょう?行ってらっしゃい。ちゃーんと帰りは待っててあげるからね」
ちゅっという軽い音がして、頬に感じる柔らかい感触。
けれど

「佐伯孝正!?」

わたしが叫ぶよりも早く、弟の大きな声が聞こえてきてタイミングを逃す。
「ほら、行ってらっしゃい」
「あ、はい・・・行ってきます・・・」
混乱しているのもあって、わたしは佐伯さんに見送られながら駆け出した。




面接を終えて、全力疾走で家に帰る。
冷静になったらこれは絶対に可笑しい。どっきりかもしれない。
「ただいま!」
勢いよく玄関を開けるとリビングから聞こえてくる楽しげな談笑・・・。
少し落ち着いた方がいいかもしれない。
「ああ、おかえり杏。ちょっとそこ座りなさい」
「・・・・・・」

何だろうこのすっごい・・・家族!っていう感じは。

佐伯さんはどうしてうちの家族に馴染んでるの。
お父さんもお母さんもツッコもうよ。悠人も少しは疑おうよ。
スーツの上着だけ脱いで、空いている椅子に座る。ああ、佐伯さんはお誕生席なんだね。
「・・・・・・佐伯さん」
「どうしたの。杏」
何で此処に居るんですか、と尋ねる。声が少しだけ震えてしまって、泣きそうになる。
「え、何でってそんなの・・・」
佐伯さんの呆れたような声が聞こえてくる。

「杏を迎えに来たに決まってるでしょ?」

思わず顔を上げると、佐伯さんがいつもの笑みを浮かべている。
「あ、もちろん安心してね。お義父さんとお義母さん、後弟さんにはちゃんと話してあるから」
「え?」

お父さんたちの方を見ると・・・ああ、何だろう生暖かい視線がこう・・・。
後既に義父母呼びしてるのも気になるんだけど・・・ツッコみを入れるべき場所が多すぎてツッコみきれない。
「杏」
お父さんに名前を呼ばれて居住まいを正す。
「まったく、それなら最初からそう言えばよかったんだよ」
「ごめん、話の流れがまったく分からない」
嫌な予感しかしないよお父さん。
「杏の荷物はちゃんとまとめてあるから。孝正君は明日も仕事だそうだし・・・」
「え、ごめん、話が見えない」

思わず立ち上がりかけた私の手を佐伯さんが取る。

「じゃ、俺たちの家に帰ろうか」





ハッピーエンドから始めよう
(っていうかわたしが面接行ってる間に何があったんですか!)(そんなのハニーのご両親なんだもの、ダーリンとしては仲良くならなくきゃ)






―――
エンドセットを見ていて、九州の実家に帰ってしまうお話とかもいいんじゃないかなって思ったんです
佐伯さんが外堀を埋めていくだけの話になってしまった。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -