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太陽が少しだけ暑い昼下がり。
一瞬海に違和感を覚えてモップを持つ手を止める。
「・・・・・・」
海がざわざわしている。
人間の足になったから泳がなくはなったけど、海の違和感くらいは分かる。
「サクヤさん、どうしたんですか?」
(嵐が来ます)
北の海を見つめながら掌に文字を書く。
「嵐・・・?」
トワさんは空を眺めていたけれどそんな雰囲気はないですよ?と首を傾げる。
やっぱり人間と人魚じゃ感じ方が違うのかな・・・。
そんな大きな嵐じゃなければいいんだけど。
一目見ただけじゃ海は穏やかで、嵐なんて来そうにないから。
きっと信じてもらえないんだろうけど。
早めに掃除を終えちゃおう。
手に力を込めて掃除を再開する。
そうして掃除を終えるころ、はっきりと空の様子が変化を見せる。
びゅうっと風が吹き抜けて倒れそうになるのをトワさんが支えてくれる。
口の動きでありがとうと伝えるとトワさんが嬉しそうに笑う。
「船長とシンさんに伝えた方がいいですね」
1つ頷いてわたしはシンさんの所に向かう。
急に吹き出した風と、降り出した雨。
慌ててシリウスのみんなが嵐に備え始める。
ど、どうすればいいんだろう。
「サクヤ!お前はどっかにしがみついてろ!」
リュウガさんに言われてわたしは頷いて柱にしがみつく。
うう、嵐の海を泳ぐのは好きだけど、海上ってこんな酷いことになるんだ・・・。
大きく揺れる船が気持ち悪い。
どうやら嵐は直撃らしい。
それにしても、こんなに大きい嵐は久しぶり・・・。
ナギさんに会ったときの嵐も流石にここまでじゃなかったような気がする。
必死に柱にしがみついて、ぎゅっと目を閉じる。
「・・・っ!」
けれど、濡れた手が滑って投げ出されそうになってしまう。
「サクヤ!」
「・・・・・・!!」
宙に投げ出された手を掴んで引き寄せてくれたのはナギさん。
ぐいっと抱き寄せられて、思わず口をぱくぱくとさせる。
行き先が迷子になった腕でナギさんに抱き付く。
し、仕方ないよね!
嵐だもんね!
自分に言い聞かせるけど、こんな状況だというのに心臓がどきどきする。
その瞬間、いっそう大きく船が揺れる。
「トワ!!」
リュウガさんの声が聞こえて、トワさんが居た方を見ると、
「――――――っ!?」
トワさんの体が船から投げ出される所で。
「おい、サクヤ!」
気付いたときにはわたしは、走り出してトワさんの腕を掴んでいた。
トワさんを腕に抱いて、世界がぐるりと回る。
数秒後に、息が詰まるような衝撃が背中に走った。