うつらうつらとした意識の中で思い出すのはかつての友の事だ。
名もなき刀鍛冶の男。
神として失格かもしれないが、ワタシはあの男を好いていたのだろう。
人間が善人だけでないことは知っている。私欲のために戦を起こすことも知っている。
しかしそれも含めてワタシは人間が好きだ。
だからワタシにとって人間とはよき隣人であり、親しき友である。


まぁ、ワタシのこの考えは神にとっては異端ではあったけれども。



「ふむ、感覚を取り戻せたようだね」
目の前で紙に戻り崩れ落ちた式神を見ながら審神者はパチパチと拍手をした。
式神と対峙していた歌仙はありがとう、と言って優雅に微笑む。
「ふふ、君の頑張りが良かったからだよ。明日からはワタシと共に出陣してもらおう。戦場の空気も思い出さないといけないからね」
「い、いいのかい!?」
嬉しそうに顔を上気させる歌仙に審神者は微笑みながらもちろんさ、と返す。
実の所この審神者、とても感情が分かりやすいタイプだ。
狐の面があるとは言え今はとても機嫌がいいらしい。
そして、それが急降下したのもすぐに分かった。
「薬研・・・」
離れへやってきた少年の名を歌仙が呼ぶ。
「なあ・・・明日、俺っちも戦場へ連れて行って欲しい」
審神者は面の下からじいっと少年を見つめる。
「何故だ?」
そう問いかける審神者の声はひんやりとしている。
「それは・・・俺っちは刀だ。人に使われてこそ・・・」
「ダメだな」
薬研の声を遮り審神者は言う。
「歌仙は共に出陣してもらうが、君は出陣させられない。・・・ああ、短刀だから、戦力にならないからという理由ではないよ。単に君を連れて行く気がないだけだ」
そこまで言い切られてしまっては取りつく島もない。薬研は口をかみしめる。
「人に使われてこそ、と君は言うが君たちは前任に酷い扱いを受けたのだろう?歌仙もそうだが何故急にそんなことを思う。ワタシは無暗に眷属を折るような真似はしたくないんだ。分かってくれるね?」
「何をしている?」
冷たい声色に、審神者は「今日は厄日だろうか」と漏らす。
「いいや、何も。薬研が出陣したいと言うので断ってた所だ。そこまでワタシを嫌うのなら本丸に結界を張ってこちらに来られないようにすればいいだろう?」
流石の審神者も何もしていないのに噛みつかれるのにげんなりしているようだ。
視界の端でこんのすけがため息を吐いたのが歌仙には分かった。
「三日月様。審神者様は初日に貴方方と関わらないという約束を取り付けたはずです。それがなんですか。歌仙様は審神者様がお許しになったからいいものの、薬研様までこちらに関わろうとして!神が取り交わした約束を破るとはなんですか!このこんのすけ!私めを友人と仰ってくれた審神者様のために戦いますよ!!」
怒りで毛が膨らんでいるこんのすけを審神者は抱き上げて撫でる。
「構わないよ、こんのすけ。三日月や、ワタシたちと君たちの間には新たな約束が必要なようだ」
三日月と審神者。どちらも冷たい視線を交わしあう。
「ああ、そのようだな。その前に・・・」
すらり、と三日月が刀身を抜いた。
「はっはっは!そうかそうか。君も一応刀だからねぇ。決闘なら喜んで受けようじゃないか」
審神者は笑い声を上げて無銘の打刀を構える。
「ここじゃなんだ、広い場所に行こうか」
楽しげに笑いながら審神者はスタスタと歩いていく。
「さ、審神者様!!」
「あの方は一体何を考えているんだ・・・!」
そんな主の背を眺めながら離れの二人は頭を抱える。
一方三日月は忌々しげに審神者を見ていた。
「・・・言わせてもらうが、今の君じゃあの方には敵わないよ・・・絶対に」
「ほう、言うではないか、歌仙兼定」
文系の名刀が随分と図太くなったものだ、と歌仙は口元に笑みを浮かべる。
それすらも馬鹿にされたと感じたのか三日月の顔が歪む。
庭で向かい合う二人を遠巻きに眺める刀剣達。
「さて、天下五剣の力、拝見させてもらおうか」
「そのような無銘の刀で俺に敵うと思うてか」
キィンという甲高い金属音が鳴る。
そのまま打ち合いが始める。
最初は三日月が優勢かと思われたが、徐々にそれが崩れ審神者の流れになっていく。
「なるほど、ただの人間ではないという訳か」
「おやおや。美しい剣は怒りの顔も御美しい」
何故煽るんですか!とこんのすけが悲鳴をあげた。
そこに関しては歌仙も同意した。何故相手を煽る。何故苛つかせる。
審神者もやはり神様だからか非常にマイペースだ。
更に怒りを露わにした三日月の一閃を、審神者は避け損ねた。
本人に怪我はない。しかしその斬撃は審神者の面にヒビを入れることとなった。

刹那、空気が重くなった。
悪いものではない、清すぎるが故に彼らはその空気に耐えられなかった。
耐えることが出来たのはこんのすけと、審神者と共にいる時間が長かった歌仙のみだ。

「おや、割れてしまったねぇ」
そんな空気もものともせず審神者はマイペースに言う。
「こんのすけや、離れにスペアの面がある。持ってきてもらってもいいかい?」
「は、はい!」
猛スピードでこんのすけが駆けていく。
審神者がゆっくりと狐の面を外す。
その下にあった顔は予想に反して幼いものだった。
齢にして20はいかないだろう。しかしその顔は男とも女ともつかず、声も相まってどちらなのかが分からない。
「お主・・・何故・・・何故だ!何故神が人の子を救う!」
三日月の声が、怒りから悲痛な物へと変わった。
「何故?」
きょとんとした顔で審神者が首を傾げた。
「人はワタシにとってよき隣人で親しき友人。君が仲間を救うためにワタシに刃を向けたのと同じ理由だよ」

目の前にいるのは本来の意味で神格のある神様だ。
彼ら付喪神よりも位は高い。
「・・・そうか」
「ああ、そうだとも。申し訳ないが、君たちが人間を憎み続ける限り、ワタシは君たちとは相容れぬ」
審神者はそう言いながら作り物めいたその顔に笑みを浮かべ刀身を鞘へ戻す。
「此度の戦いは引き分けとしよう。これからもワタシは君たちには関わらない。君たちが出陣をしたければするといい。手入れは受けよう」
ニコリと微笑んでからこんのすけが持ってきたスペアの面を装着する。
どうやら神力を抑えるためのものらしい、ようやく清潔すぎて重い空気がなくなる。
「さあ、君たちももう休むと良い。これからの事は自分で考えなさい。ワタシはこれからも君たちに命令をする気はないからね」
それだけを言って歌仙とこんのすけに声をかけて審神者は離れに戻る。
「・・・・・・本当に神だったとはね」
「なんだい、疑ってたのかい?」
そういうわけではないけど、と歌仙は零す。
目の前の審神者は神様よりも人に近い感覚を持っている。
それを聞けば人と接する機会が多かったからだと返事が返ってくる。
「結局の所ワタシも君たちも人によって生かされている存在。ワタシとて友人たちの信仰がなくなれば消える身さ」
「ああ、そうだね」
人の信仰によって存在する神様と、人の想いから生み出された付喪神。
「さあ、休もうか。明日は君にとっての久しぶりの出陣だからね」
そう言って審神者は面の下で優しく微笑むのだ。

「僕は、思った以上に貴方を好ましく思っているようだ」

「おや、それは嬉しい言葉だ。・・・なら、ワタシの眷属にでもなるかい?」

びゅうっと風が吹いた。
「それ、は」
「おっと、言葉が過ぎたね。じゃあゆっくりお休み」

部屋に戻っていく審神者とこんのすけを見送る。
「・・・・・・それもいいかもしれない」
思った以上に嫌ではなかった。審神者に信頼されているというのが純粋に嬉しく思えた。
機嫌よく彼も部屋に戻った。


・・・しかしその上機嫌も翌朝離れの前で正座をして待っていた薬研によって壊された。
「困った子だねぇ」
審神者もまた困ったように声を漏らした。



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