『ワタシは鍛冶で生まれたものを等しく愛している。しかし、戦場に使えぬ武器は持っていかない主義だからね』

縁側でぼうっと月を眺めながら歌仙は新しい審神者に言われた言葉を思い返していた。
あの審神者がいう事は尤もだ。
生死をかけた戦いの場に、なまくらは必要がない。
しかし、鍛冶を司る神に言われたその言葉は彼の心をズタズタにした。
前任に虐げられ、新しい審神者が来て1ヵ月。
本体の刀を握った記憶がない。
ああ、なまくら扱いされても仕方ないな。
歌仙は自嘲を含んだ笑みを浮かべる。
それからの行動は早かった。

「・・・何をしているんだ?」

頭上から困惑の声が降ってくる。
「頼む。無理を言っているのは分かるが、僕も戦場へ連れて行って欲しい」
翌朝戦場へ向かう審神者を捕まえて歌仙は頭を下げた。
武器の本分は戦で勝利を挙げること、そして、人の手で使われる事。
しかし審神者の声は渋ったままだ。
「申し訳ないが君を連れて行くわけにはいかないよ。折れたら困るからね。」
「だが・・・」
「何度も言わない。ワタシは、君を連れて行く気はない」
そういうと審神者は歌仙から視線を外し、こんのすけにナビゲートを頼む。
「そうだねぇ・・・今日は厚樫山にでも挑戦してみようか」
「な、何を仰っているのですか!あの場は練度が高い刀剣男士様達げ隊を組んで向かう場所で・・・」
「構わぬ。ワタシ一人で十分だ」
そう言って審神者はゲートを潜り抜けていく。
「歌仙様。本丸へお戻りください」
こんのすけはそう冷たく言い放ち、離れへ戻ろうとする。離れには審神者と連絡を取る為の機材がある。
そこで敵方の陣形や戦法についてのナビゲーションを行うのだ。
「こんのすけ」
「何でしょうか、歌仙様」
「・・・あの方が戻ってくる時間を教えてほしい。僕は・・・」
歌仙の言葉を遮り、無駄になるやもしれませんよとこんのすけは言う。
「それでもいい。連れて行ってもらえるまで、何度でも頭を下げて頼むさ」
「かしこまりました。審神者様が戻られる時にまたお呼びします」
今度こそこんのすけは離れへ帰っていく。
今日もまた審神者は血を纏って帰ってくるのだろうか。
厚樫山は敵の練度も高い。
歌仙は浮かんでくる最悪の想像を打ち消す為にゆるりと頭を振った。

「何をしてるんだ」
やっぱり降ってきたのは困惑の声だった。
「何度でも言う。僕を共に連れて行って欲しい」
審神者は返り血は浴びているが酷い怪我は負っていないようだった。
「しかし、君は」
「分かっている。今の自分がどれだけなまくらなのかも。それでも、僕は刀だ。君の・・・いや、貴方と共に戦いたい」
歌仙の言葉に審神者は困ったように息を吐いて
「この場合はどうしたらいいのかな、三日月よ」
仮面越しでも分かる程の冷たい目を三日月宗近へ向ける。
「誑かしてもらっては困るのだがなぁ」
「約束は破ってはいないよ。彼が自ら行動してワタシの元へやってきたんだ。ふむ、出陣は全てワタシ一人でこなすつもりだったからなぁ。最初の約束からは想定外だ」
そう言って審神者は顎へ手を当てる。
「ワタシは使えぬ武器は使わない主義だ。お前たちは要らない。だからこそ君たちに出陣を頼む気はないんだ」
使えぬ武器、と審神者が言った瞬間三日月の表情が少し傷付いたものになったことに歌仙は気付いた。
自分たちは武器だ。それを全て否定する言葉。
「・・・歌仙兼定。お前は本当にこの審神者と戦うつもりか?」
「ああ、そのつもりだよ。・・・僕は刀だからね」
その言葉に三日月は深くため息を吐く。
「それならばこの本丸から出て行け」
底冷えするような声色は、自尊心を傷つけられたことによるものか、それともまだ人間を恨んでいるからか。
「話はまとまったかい?こんのすけ、彼の荷物を運ぶのを手伝っておあげ。歌仙、君は今から離れに住むといい。部屋は空いているからね」
それだけを言うと審神者は離れへ戻って行ってしまう。
「かしこまりました」
審神者の後ろ姿にそう言うとこんのすけは歌仙の後ろについて歩く。
三日月の視線を感じる。
「よかったのですか、歌仙様。・・・三日月様は大分お怒りのようですが」
こんのすけの言葉に棘があるのは気のせいではないだろう。
「いいんだ。僕が選んだことだ。・・・天下五剣だろうが、誰にも文句は言わせない」
「そうですか。歌仙様がそれを選んだのであれば私には文句を言う資格はございません。ですが」
こんのすけの声色の棘が鋭くなった。
「あのお方を傷つけるのであれば、いかな刀剣男士様でも許すことは出来ません。そこだけはご容赦ください」
「ああ、分かっている」
仲間達の「こいつは正気なのだろうか」という視線を受けながら、歌仙は私室にあった荷物を離れに移す。
「さて、歌仙。君が選んだのは仲間を仲間と思えなくなる修羅の道だ。覚悟はいいね?」
「・・・」
審神者の言葉に歌仙は一つ頷く。
「分かった。君の覚悟を見届けたよ。では微弱なるワタシに力を貸してもらいたい」
そうして、その日から離れの住人が増えた。

「これは困ったね」
地面に膝をつき、肩で息をする男を見下ろしながら審神者はため息を吐いた。
「こんのすけや、歌仙の練度ならばどこに行けるのかい?」
「そうですね・・・間違っても厚樫山には行かないでください。あのときは審神者様もボロボロでしたでしょう!」
キャンキャンと吠えるこんのすけにすまないな、と審神者は笑う。
「僕も・・・まさか・・・ここまで鈍っているとは思わなかったよ・・・」
「まぁ1ヵ月戦わなければそうなるだろうねぇ。少し休憩したらまた手合せをしよう」
そう言って審神者は離れに入ると少しして湯呑を三人分持って戻ってくる。
「ほら、手拭いをお使い」
「ああ、ありがとう」
汗まみれで泥を被った今の自分は雅ではない。けれど武器としての本能か、戦えるという事に心が沸き踊るのも確かだ。
「まだ戦場には出せないね。ワタシが出陣している間は式神と手合せしていると良い」
その言葉が胸に突き刺さる。

使えない武器。お前たちは要らない。

この審神者は前任のような意味合いで使えないと言っているわけではない。
審神者は鍛冶神だから、折れるのを恐れての事なのだろう。
それでも、頼りにされたい、使われたい、そう思ってしまう。
「こんのすけ、ワタシの湯呑の片づけを頼むよ。すこぅしばかり出陣してこないとね。お上に怒られてしまう」
軽い笑い声を上げて審神者は式神を召喚する。
「歌仙。もう少し休憩したらその子と手合せをしていなさい。こればかりは君の問題だ。ワタシがどうこうできるものじゃないからね」
そう言って打刀を持って出陣ゲートへ向かっていく。
「・・・あの方の持っている刀は一体なんという名なんだ?」
「あの打刀ですか?名はない、と仰っておりました」
こんのすけの返答に、歌仙は一言「そうか」と呟く。
「審神者様の古いご友人がお作りになった刀だそうで、ご友人は失敗作だと仰っていたのを審神者様は大層気に入って自分の祠に置かせたとか」
歌仙はそれを聞いてだからあの打刀は輝いているのかと思う。
名もなき刀鍛冶が作った名もなき刀。
それをあの神は愛し、側に置いている。
確かにあの刀は「失敗作」「なまくら」の部類に入る物だろう。しかし、神が気に入り側に置く事で失敗作ではなくなったのだろう。
ああ、羨ましい。
素直にそう思う。審神者の手の中にあるあの刀のように愛してもらえたら。
彼らは刀だ。敵を切り、戦に勝利をもたらすための物。
「・・・主の為にも早く勘を取り戻さないとね」
歌仙はそう言って自身を構えて審神者が召喚した式神に向けた。

「おやおや、歌仙はお疲れのようだね」
縁側でぐったりと倒れている歌仙を見て、戦場から帰ってきた審神者はクスクスと笑う。
「はい、審神者様が出陣されてからずっと手合せを続けておりました故」
「なるほどねぇ。あまりやりすぎるのも体に悪いんだが」
よほど疲れたのだろう、眠り込んでしまっている。
「仕方ない。こんのすけ。水を入れた桶と手拭いを持ってきておくれ。身を清めなければ眠れないだろう。それに着替えもさせないとねぇ」
「え・・・審神者様がやるんですか?」
「他に誰がいるんだい?」

翌日色々と気付いた歌仙が審神者に土下座をしたのは余談である。



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