巫女衣装を着た審神者の後をついて歩くこんのすけはそっとため息を吐く。
ここがブラック本丸と呼ばれてもう大分経つ。
今までここに来た審神者も何人かは殺され、何人かは刀剣たちと顔を合わせた瞬間に逃げ帰り、何人かは足を踏み入れた瞬間に逃げた。
この審神者で何人目になるのか、もう数えるのすら億劫になってくる。
「やあ、こんのすけや。ここに全員いるのかね?」
大広間の前に立った審神者の顔には狐の面。声は女にも男にも聞こえる中性的な物だ。
巫女衣装を着ているのでおそらく女なのだろうが、体つきも中性的で外見での判断は難しい。

「刀剣男士達よ。政府に頼まれ君たちの手入れに来たものだ。開けてはくれないか?」

審神者の言葉にこんのすけは思わず「え?」と声を上げてしまう。
審神者の仕事は手入れだけではない、特にここはブラック本丸だ。
彼らの心のケアなども大変重要な仕事になる。

「こんのすけよ。我らはもう審神者は要らぬと言ったはずだが」
「しかし三日月様!このままでは貴方方は消えてしまいます!」

困ったなぁ、と審神者は首を傾げる。
「そうだ。三日月とやら。私と約束をしないか?」
「・・・約束?」
そうだ、と審神者は答える。
「今この場で君たち全員の手入れをした後、ワタシからは君たちに一切関わらない。出陣しろとも遠征しろとも言わないし、この本丸で好きに暮らしてくれて構わない。ワタシはそうだな・・・離れの方にでも住まわせてもらって、こちらには一切顔を出さない。これでどうだろうか?」
「審神者様!何を仰っているのですか!」
こんのすけの抗議の言葉も審神者は聞き入れない。
「なるほど。少し待て」
襖の向こう側がざわついている。恐らく今提示した条件に付いて話し合っているのだろう。
「審神者様・・・そのような条件を付けて・・・」
「構わぬよ。元々荒御霊になりかけている彼らを使う気はさらさらなかったからね。ワタシは鍛冶で生まれたものを等しく愛しているが、これは戦だ。使えぬ武器は使わない主義なんだ」
さらりと放たれた審神者の言葉にこんのすけはぶるりと震える。
審神者が腰に下げている刀からは炎の気と高い神力を感じる。銘のある刀ではない、ただの名もなき打刀から感じる恐ろしいまでの神力が審神者の不気味さを後押ししている。
「審神者よ。先ほどの条件を呑もう」
「分かった。こんのすけ、紙と筆を用意してくれ」
「はい・・・」
これでいいのだろうかとは思うが彼はサポート式神。審神者の言うままに紙と筆を用意する。
審神者は紙にさらさらと文字を書き付けて襖を薄く開けて中に入れる。
「それで問題がなければ名を書いてくれ」
「あいわかった」
三日月に返事に審神者は筆を渡す。
サインの入った誓約書と筆が返ってきて、審神者はうんうんと頷く。
「では手入れの為に開けるぞ」
彼らの返事も聞かずに襖を開ければ怯えや怒りの視線が審神者を突き刺す。
「ふむ、確かにこれは酷いな。どれ、とにかく治そうかね」
審神者は腰に下げていた刀を鞘ごと構える。
「なっ・・・」
各々が息を呑み、一期一振は弟たちを庇うように前に出る。
審神者が口の中で何かを呟き、刀を空中で振るう。
炎が部屋を包む。しかし熱はない。
幻炎が燃え上がりやがて消える。それはどこか懐かしさを感じる炎だった。
その炎が消えると、彼らの傷は全て消え去っていた。
「さて、じゃあワタシは離れに行くとするかな。こちらの掃除や食べる物の入手も勝手にやってくれ。流石にそこまでは面倒を見切れないからな」
唖然とする刀剣男士達を尻目に審神者は悠々と広間を去っていく。

「審神者様・・・貴方様は一体・・・」
「ふむ。こんのすけには話しておいた方がいいかね」
離れにたどり着くも人が住める状態ではない。
掃除道具を用意し少しずつ掃除を開始する。せめて寝室だけでも確保せねば、と審神者は雑巾を絞る。
「ワタシは鍛冶神だよ。と言っても田舎の小さな神社に祀られてる神格も低い神さ。・・・まぁ、付喪神よりは高いけどねぇ」
「はい・・・?」
審神者と一緒に掃除をしていたこんのすけは口に咥えていたハタキを落とす。
「神様・・・なのですか・・・?」
「ああ。一応ね。これでも人の信仰によって生き延びてる小さな神様さ」
ははは、と審神者は笑うがこんのすけには笑い事ではない。
「そ、それを存じておりましたらこのこんのすけ、もっと貴方様へ・・・」
「そういうのはいらぬ。それよりもっとフレンドリーにしてもらった方が嬉しいね」
しかし、とこんのすけは唸る。
「ふふふ、ワタシは彼らと違って人が大好きでねぇ。歴史を変えられちゃあ困るのさ」
もう何も言うまい、とこんのすけはため息を吐いて掃除を再開した。


あの審神者がやってきて、1か月が過ぎた。
彼らは出陣も遠征もせずに畑を耕して好きに過ごしていた。
時折審神者が刀を持って出陣ゲートへ向かっていくのも見かけたが特に気にしていなかった。
「・・・あ」
「おっと、すまないね」
ある日歌仙が見かけたのは血塗れの審神者だった。
巫女服には血がべったりくっ付いている。
審神者はぺこりと頭を下げると離れの方へ向かっていく。
審神者は約束を守り一切彼らに関わらなかった。時折今のように戦場帰りの審神者と鉢合わせになることはあったが審神者は頭を下げて何も言わずに離れへと戻っていく。
神との約束、そして誓約書がある限りその約束を破れば呪われる事だろう。
審神者は一切彼らに力を貸してほしいとは言わなかった。
「・・・僕らは刀なのに」
一瞬審神者の腰に下げられている刀に嫉妬心を覚える。
歌仙はゆっくりと頭を振った。
自分たちはもう人間に使われたくなどないのだ。
あの審神者が戦うのなら勝手に戦っていればいい。野垂れ死んでも誰も何も思わない。

「刀、か」

戦をし、人を斬るのが彼らの本分だ。
あの審神者は一体何者なんだろうか。浮かんだ好奇心に足は勝手に離れへと向かっていく。
そこには審神者が立っていた。
「おかえりなさいませ!審神者様!・・・本日も大分怪我を負ってしまわれたようで」
「構わないよ。ワタシはワタシの友人の為に戦っているんだ。こんのすけこそ留守を任せてしまってすまないな」
いいえ!と幾分緊張した面持ちでこんのすけが言う。
「1か月も共に過ごしているのに中々緊張が取れないねぇ。少しさみしいよ」
「申し訳ありません」
「ははは、冗談だよ」
そう言うと審神者は徐に服を脱ぎだす。
「うう、お労しい・・・こんのすけも共に戦えればいいのですが」
「その気持ちだけで嬉しいよ。こんのすけもワタシが守る友人の一人だ。気にしてくれるだけありがたいよ」
見てはいけない光景に本丸へ戻ろうと思ったが今動けば足音で気付かれてしまうだろう。
歌仙は慌てて身を隠す。
「何度も思うのだが人の体とはよく分からないなぁ。見たことがないから仕方ないとは思うが」
「ちなみに審神者様は男性と女性どちらを参考にされたのですか?」
「顔は親しい友人の昔の姿を参考にな。体のつくりはよく分からなかったのでとりあえず見目だけを。服を着てしまえば分からないだろうて」
そういう審神者の体には刀傷がいくつも走っている。
本来なら刀である自分たちの仕事を、審神者が負っている。
自分たちはもう戦いたくなかったはずだ、それなのに心臓が痛い。
「さて、本日も友人の力を借りるとするかね」
審神者がそういった直後火柱が立った。
火柱の中に審神者が居る。思わず歌仙は飛び出してしまう。
「あ・・・」
「ん?」
「歌仙様・・・」
三者三様の声が上がる。
「ああ、見苦しいところを見せて申し訳ないね。すぐ着替えるさ。こんのすけ、着替えをいいかい?」
「は、はい!」
こんのすけが離れに入っていくと沈黙が落ちる。
内番姿の歌仙と、全裸の審神者(しかし仮面は装着)。
女かと思っていた審神者だが、その体は人間の見た目だけを反映させたようでまるで人形のように何もない。
何の図なんだろうかこれは。
「君は・・・一体・・・」
「ふむ、ワタシは君たちに関わらないっていう約束なんだけどねぇ。君から質問をされたのであれば答えても大丈夫かな」
こんのすけの持ってきた服に着替えると審神者は縁側に腰掛け、膝にこんのすけを乗せる。
「さっきのを見て分かっただろう?ワタシは人間じゃない。どちらかと言えば君たち寄りの存在さ」
「付喪神?」
「いいや、人間の信仰で生き延びている微弱な神様さ。鍛冶全般を司ってる火の神だ」
ふふふ、と審神者は楽しそうに笑う。
その言葉に歌仙はビクリと震える。
目の前の審神者は、自分たちよりも神格が高い神だ。その神を・・・しかも自分たち刀を作る鍛冶を司る者とあれば敬うべき存在であるはず。
「そういうのは良いよ。ワタシは君たちが憎む人間を友人として扱っている。それに君たちに敬われるというのもこそばゆい。出来るなら君たちとも仲良くはしたいが、そればかりは君たちの心の問題だ。ワタシがどうこういう事じゃない」
それに、と審神者は一息ついて口を開く。
その言葉に歌仙は絶句した。

「ワタシは鍛冶で生まれたものを等しく愛している。しかし、戦場に使えぬ武器は持っていかない主義だからね」

その言葉に、歌仙の中で何かが崩れた気がした。
「さあ、そろそろ戻った方がいい。ワタシと君たちはお互いの為に干渉すべきではないんだよ」
「・・・ああ、邪魔をしたね」
気にしなくていいよ、と面の下で審神者が言う。

使えない武器。

その言葉が歌仙の心に引っかかっていつまでも残っていた。



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