総理官邸にある客室で、咲は1人机に向かっていた。
もう12月と言うこともあり来月にあるセンター試験への追い込みが必要であるからだ。
父親に会いに来たのはよかったが、積もった雪のせいで自宅に帰れず今日は総理官邸に泊まりになってしまったのだ。
「・・・何か飲もうかな」
立ち上がり、備え付けの冷蔵庫を開ける。
客室とは名ばかりで、咲が泊まるときのための部屋になってしまっているのが現状で、そろそろどうにかすべきかと思っていた。
「そうだ」
カップをもう1つ取り出すと、咲は部屋のドアを開ける。
「桂木さん」
「どうかしましたか?」
ドアを守るように立っていた桂木に声をかけると、彼は驚いた顔で咲を見る。
「よかったら一緒にお茶を飲みませんか?インスタントしかありませんけど」
そう言うと桂木は困惑した表情を浮かべる。
「・・・ですが」
「1人はつまらないんです。・・・あ、もちろん桂木さんがよければですけど」
ニコニコと笑っていると、やがて桂木の方が折れる。
「では少し失礼します」
「はい」
何処か軽い足取りになる。
誰かにお茶を淹れるなんて、久しぶりだ。
「お嬢様、私が・・・」
「ダメです。わたしがやりたいんです」
それからコーヒーの入ったカップを桂木に差し出す。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
微笑みながら言われ咲は嬉しそうに笑う。
自分は紅茶を淹れると椅子に座る。
「久しぶりに誰かにお茶を淹れたので・・・何かとても楽しいです」
カップを握ったまま、誰に言うとでもなくポツリと呟く。
「・・・お嬢様」
「わたしは・・・お嬢様なんかじゃないのに」
カップの中の紅茶が揺れる。
「・・・学校が、冬休みに入ったら・・・今よりは桂木さんたちの警備が楽になると思います」
何事も無かったかのように笑いながら、咲は言う。
「休み中はどうされるのですか?」
「センター試験も近いですからね。出かける予定は入ってませんので・・・家に居るか官邸に居るかのどちらかだと思います」
分かりました、と至極真面目に頷く桂木に咲は目を伏せる。
それから、思い出したように顔を上げると真っ直ぐに彼を見る。
「明日だけ・・・少し出かけたいんですけど大丈夫ですか?」
「はい。それは構いませんが・・・何処へ?」
その問いに咲は1つ息を吸う。心臓が痛いような気がして胸を押さえる。
「病院です」
桂木が少し狼狽えたように見えたが、気にせずにカップに口をつける。
「・・・申し訳ありません、お嬢様」
ゆっくりと首を横に振る。
空になったカップを桂木から受け取る。
「お茶に付き合ってくださって有り難うございました。・・・久しぶりに1人じゃなかったので、楽しかったです」
「こちらこそごちそうさまでした」
「・・・お仕事頑張ってください。おやすみなさい」
頭を下げてから部屋を出る桂木を見送って、咲は再度椅子に腰掛ける。
「片付けちゃおう」
2つのカップを眺めていたが、自分に言い聞かせるように呟くと立ち上がった。




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