咲は小走りで目的地へ向かっていた。
「後藤さん!」
名前を呼ばれた後藤は、口元に笑みを浮かべたかと思うと、彼女の持っている小さな鉢に驚いた表情になる。
「・・・それ、どうしたんだ」
「ちょっと買ってみました!後藤さんの部屋に飾ってもらえれば嬉しいなぁと思って」
咲はそう言ってにこっと笑う。
付き合い始めてしばらく経つが、咲の行動は読めないことが多い。
だからこそあのSP達が咲に対して過保護なのだろうと思うのと同時に、嫉妬に似た感情が浮かんでくる。
「それは・・・」
「胡蝶蘭です!」
ピンク色の可愛らしい花が咲いている。
胡蝶蘭と言うとそれなりの値段がするもののはずだが、咲の考える「ちょっと」の基準がいまいち分からない。
「で、何で俺に胡蝶蘭なんだ」
「・・・・・・秘密です」
イタズラをした子供のように無邪気に笑う咲に、後藤は呆れたような顔をしたが、優しく頭を撫でる。
あまり時間が取れず、まともにデートをしたのも両手で数えられる程度だ。
今日もあまり長い時間一緒に居ることは出来ない。
寂しいと思う事もあるが、仕事に一生懸命な後藤を見るのが好きな咲はいつも何も言わずに彼を待っている。
以前犬みたいだと冗談で言ったことがあるが・・・本当に忠犬なのではと思う事もたまにある。
「あ、ご飯食べる時間は大丈夫ですか?一緒に食べに行きましょう!」
照れたような笑みを浮かべながら、咲は後藤の手を握る。
「そうだな。咲は何がいいんだ」
「うーん・・・あんまり熱い物じゃない方がいいですよね?」
首を傾げながら咲は後藤を見上げる。
ぺしり、と軽く頭を叩かれる。
「酷いです」
「はは、悪い悪い」
こんなちょっとしたやり取りも、どこか心が温かくなるような気がする。
2人きりの会話、2人きりの食事。
前にも同じような事があったが、今は前とは違う。

(わたし、後藤さんとお付き合いしてるんだよね)

足下に置いた袋の中の胡蝶蘭の意味を、彼は知っているのだろうか。
知らなくてもいい。
咲の気持ちは、この花で代弁が出来る。
例え長い時間会えなくても、気持ちだけは変わらないと断言が出来る。
昼食を終え、手を繋いだまま街を歩く。
「咲」
「どうしましたか?」
「悪いな」
突然の謝罪に意味が分からない咲は首を傾げる。
「あんまり会えないだろ」
「そう、ですね」
お互い忙しいのは分かっている。
「・・・後藤さん」
すっと小さな鉢植えが目の前に差し出される。
「これが、わたしの気持ちです」

花には、意味がある。

例え同じ花でも色によってその意味は異なる。

咲が差し出した【ピンク色】の【胡蝶蘭】。
その花の意味は――。

「あ、でも後藤さんこれからお仕事に戻るんですよね?後藤さんのお仕事が終わるまで、この子はわたしの部屋に置いておきますね」
「・・・あぁ、そうしてくれ」

その意味を知っているのか、後藤は優しく微笑む。





小さな鉢植え、大きな想い





―――
4話目のペチュニアの花束から浮かんだ話。
ピンク色の胡蝶蘭の花言葉は「あなたを愛します」です




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