日付が変わって9月9日。

「誕生日おめでとうございます、と」

送信済みを表示する画面を見て今も仕事をしているであろう石神さんのことを考える。
去年の誕生日は黒澤さんの協力の下石神さんは休みをもらうことができたけれど、今年はそれに甘えるわけにはいかない。
それに今年は

「ふふっ」

上海で買ったパンダのキーカバーがついた鍵。
石神さんのマンションの、合鍵。
あの同棲の日にもらったこの鍵はわたしの宝物になっていて、いつも肌身離さず持ち歩いている。

石神さんに、『星水 咲』という人間を、ちゃんと恋人として認めて貰ったような気がして。

鳴らない携帯を閉じてベッドに潜り込む。
(朝になったら、返事が来るといいなぁ)

目を閉じ、起きてからのことを考えていると、やがて眠気がやってきた。





日が落ちるのが少しずつ早くなってきた。
スーパーの袋を下げながらわたしは石神さんのマンションに続く道を歩いていた。
石神さんはどうやら忙しいみたいで、メールの返事は今の時間になっても無い。
ポケットから合鍵を取り出して慣れた調子で石神さんの部屋に入る。
「お邪魔しまーす」
家主が居ない部屋はしんと静まりかえっている。
袋をテーブルに置くとディスカスの水槽を掃除してからエサをあげる。
綺麗な蒼を見ていると、あの日の夜の海を思い出す。
少しの間ディスカスを眺めてから、料理に取りかかる。

(直接お祝い出来なさそうだけど・・・せめてこれくらいはいいよね)

髪の毛を結い上げて置いてもらっているエプロンを着ける。
メールの返信が途切れたりすることも多くあるくらいだからきっと、とても忙しいんだと思う。
せめてちゃんとしたものを食べて欲しいから作って冷蔵庫に入れておこうと思う。


「よし、できたっと」


もうそのころには外は真っ暗になってしまっていて。
秋が近づく季節は夜も近づいてくる。
帰る準備をして、石神さんにメールを打つ。
いつメールの返事が来るのか分からないな、なんて思っていたら予想に反して震え出す携帯。
ディスプレイに表示された名前にぎゅっと心臓を捕まれたような感覚になる。
「もっ・・・もしもし!石神さん?」
『咲さん』

久しぶりに聞く石神さんの声に心臓が音を立てたのが分かる。

「えへへ。お久しぶりです。お仕事お疲れ様です」
忙しい中わざわざ電話をしてくれたのかと思うととても嬉しい。
『中々合う時間を取れずにすいません』
「いえ、気にしないでください」

そんなことよりも石神さんの体調が心配だと言うと、いつもの呆れたような笑いが聞こえてきて。
よかった、思ってたよりも元気そう。

『咲さん。わざわざ・・・その、有り難うございます』
「え?何がですか?」

・・・もしかして、ご飯のことかな。

『今は何処に居ますか?』

(石神さんの家に居ます)

という言葉を飲み込む。
「今帰り道です!石神さん、早く帰れるんでしたらゆっくり休んでくださいね」
石神さんが帰ってくるまで居座るのも悪いし、何より何時に帰ってこられるかも分からないし。
それに、疲れているんだから休んで欲しい。
会えないのは寂しいけど、そんなのは最初から分かってた事だもん。
少しくらい我慢しなきゃ。

「帰り道、と言う割には静かだな」

電話の向こうと、直ぐ後ろから同じ声。
それと同時に奪われる携帯。

「石神、さん・・・?」

家主なんだから居て当たり前なんだけれど、居るはずがないし、会えるわけがないと思っていたからびっくりする。
びっくりしすぎて、思考が止まる。

「久しぶりだな」
「・・・はい」

きゅっとスカートの裾を握る。
「夜は・・・返事が出来なくてすまなかった」
「大丈夫ですよ。忙しいんですから、気にしないでください」

伝えたいと思ったのはわたしの我が儘だから。

「もう遅いですから泊まっていってください」
確かに見るともう遅い時間だけれど、帰れないわけじゃない。
「あ、あの、石神さんにゆっくりしてもらいたいですし・・・わたし、」

帰ります、という言葉を発するよりも先に石神さんに抱きすくめられていた。
石神さんにしては珍しく、少し苦しいくらいに抱きしめられて思わず固まる。

「こんなことを言ったら笑われると思うが」
「・・・」
「俺が、咲と一緒に居たいんだ」

心臓の痛みはいつからか甘い痛みに変わっていて。
考えるよりも体は動いていて。

「じゃあ、ご飯準備します。一緒に食べましょう」

そこであることを思い出してあっと声を上げる。

「どうした?」
「プレゼント持ってくるの忘れました・・・!今日は会えないだろうと思ってて・・・」
こんなことなら持ってきておけば良かった。
後悔した所でどうにもならない。
「ああ、それなら」
ぐいっと手首を捕まれて唇が触れそうな程に近づく。

「貴女をいただきましょうか」

囁かれた低い声。
意味を理解した瞬間に顔に熱が集まるのが分かる。

「・・・はい」

小さく頷くのと同時に、唇が重なった。




貴方のために出来ること
(ありがとうと、いろいろなこと)



―――
間に合ったああああああ。
石神さんハッピーバースデー!
公式トップのコメントに萌え転がったんだ。そらは一回怒られてこい。




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