「あ、石神さん」
SPルームに入ると同時に聞こえた恋人の声に、石神の口元に微かに笑みが浮かぶ。
「こんにちは。咲さんもいらしてたんですね」
「はい!偶然ですね」
手帳を持っているのを見て、スケジュールの確認なのだろうと室内を見るが班長の桂木の姿が見えない。
「石神さんも桂木さんに・・・」

「桂木さんならいねーぞ」

咲の言葉を遮った昴に一瞥をくれてやると、昴は鼻を鳴らして応戦する。
「そうなんですか?」
「ああ、まだ総理と話してるはずだ。・・・後もう少しで戻ってくるはずだ」
そう言いながら当たり前のように咲の隣に座る昴を睨む。
どこか得体の知れないモヤモヤとした感情が胸の内を浸食していく。
今すぐに咲の腕を引っ張ってこちらにたぐり寄せてしまいたいような、寧ろ隣に座る昴を何処か遠くへやってしまいたいような。
「あ、そうだ。昴さん」
咲が昴を呼んだのを見て、思わず顔をしかめる。
彼女と出会ったのはSP達が先で、石神と咲の出会いは険悪とも言っていいものだった。
だから、咲がSP達を名前で呼ぶのも分かる。
理解はしていてもどうにも感情がついて行かない。
咲に視線を向けようとして、ふと昴と目が合う。その瞬間、昴が口元に笑みを浮かべる。
途端に再び浮かび上がったモヤモヤの正体を悟り、短く息を吐く。
「・・・?石神さんと昴さん、どうかしたんですか?」
流れ始めた不穏な空気を感じたのか、咲が石神と昴の顔を交互に見る。
「いえ。何でもありませんよ」
恋人である咲にしか見せない柔らかな笑みを向けると、安心したのか咲が笑う。
その隣で昴が声を立てずに笑っているのを見て、色々と浮かび上がるが咲の手前飲み込む。
何かしら言ってやるべきかと思案を巡らせていると、SPルームのドアが開き桂木が入ってくる。
「桂木さんこんにちは」
「咲さん、こんにちは。石神も来てたのか」
何だかんだ言ってこのSPチームは咲に甘い。
ため息が漏れそうになるもののそれも飲み込む。
「石神さん、お仕事の話ですよね?お先にどうぞ」
そういう咲の言葉に甘えて桂木と話を始めるが、視界の端で昴と話している咲が気になって仕方ない。

(重傷だな)

続いて桂木とスケジュールの確認をする咲の横顔を見ながらそう思う。
「これから大学なのでそろそろ失礼しますね」
「そうですか。お気を付けて」
「では私も失礼します」
ドアを開けて咲を通すと、示し合わせた訳では無いが並んで歩き出す。
こつこつという靴音だけが響き、不審に思って隣を歩く恋人の顔を盗み見る。
いつもならすぐに話しかけてくるのに、今日に限ってはそれがない。




「秀樹、さん」




具合でも悪いんですか?と尋ねようとして開いた口から、質問が流れることはなかった。
耳を打った咲の声が、ただの音の羅列として通り抜けていって数十秒。
ようやく咲が自分の名前を呼んだのだと理解して思わず足を止める。
「咲さん・・・?」
出会ってから今の今まで名前で呼ばれたことは一度も無かった。それが何故このタイミングでこうなったのかがさっぱり分からない。
「あの・・・昴さんが、石神さんの事もちゃんと名前で呼んでやれって・・・」
咲は真っ赤に染まった顔を隠すように両手を頬に当てる。
「それであの、その・・・な、なんか恥ずかしいですね!」
昴に言われたというのは若干気にくわないが、名前を呼ばれたことを理解した瞬間に心の何処かが満たされたような感覚がしたのも事実で。
「後、・・・ひ、秀樹さん。その・・・わたしが昴さんの事名前で呼んだからヤキモチ焼いてたってほんとですか?」
今度こそ思い切り顔が引きつる。あの男は一体何を吹き込んでいるのか。
「・・・SP達とは付き合いが長いのだから当たり前でしょう」
あまりいい気はしないが、事実は事実。
「ですが・・・、そう、かもしれませんね」
赤い顔のまま咲が嬉しそうに笑う。
「まだちょっと慣れないですけど・・・名前で呼ぶの、慣れないとですもんね」
「そうだな」
ふっと自然に笑みが浮かぶ。
「まだ名前で呼ぶのは2人きりの時だけにしてくれ」
「は、はい!」
目の前で無邪気に笑う咲は、いつも自分が望んでいる物を与えてくれる。
まずは『慣れて』もらうために次の約束を取り付けなければならない。
胸の内を覆っていたモヤモヤはいつの間にか晴れ、代わりに温かい物が広がっていた。




特別と呼べるものはいつも
(貴女が私にくれているんですよ)






―――
石神さんの名前を呼ぶ話
SP組と仲良しなのを見てちょっと嫉妬すればいいよね、石神さん



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