ドアを開けた瞬間に見えた見覚えのある人影に、一瞬硬直する。

「お嬢様・・・?」

その声を聞いた咲がゆっくりと振り返り笑みを浮かべる。
「お久しぶりです、桂木さん」
「・・・えぇ、3年ぶりでしょうか」
そうですね、と咲は肯定する。
「班長、知り合いなんですか・・・ってそりゃ総理の娘ですから知ってますか」
「以前彼女の警護を担当していたんだ」
そらに言葉少なにそう返す。
「イギリスへ留学に行っていたと聞きましたが・・・」
「はい。今日帰ってきたんです」
気を抜けば沈黙に支配されそうになる。
「総理への挨拶は・・・」
「まだです。先に桂木さんに会いたくて」


(え・・・班長と彼女ってどういう関係なの・・・?)
(さあな。でも、アイツは警護対象だったんだろ)


小声で話す部下に一睨みを入れると、桂木は
「そうですか」
とやはり言葉少なに返す。
「ではお父さんのところに挨拶に行ってきますね」
咲は立ち上がるとSPルームを出て行こうとするが、ふと立ち止まる。
「桂木さん、後で少しお時間いただけますか?」
慌てて、咲を見るが、彼女はいつものように笑みを浮かべていて、思わず懐かしさを覚える。
けれどその笑みは昔のように作ったものではないように見える。
「・・・はい」
「よかった。それでは失礼します」

スーツケースを手に咲がSPルームを出た瞬間、昴とそらは桂木に詰め寄った。








3年前のあの日と同じ廊下で、咲は桂木の後ろを歩きながらあの日と同じようにその背中を見つめる。
「桂木さん」
目の前で桂木の肩が震えたのが分かった。

あの日と同じ状況で、違うのは何だろう、とぼんやりと考える。

すぅっと息を吸って咲は笑顔を浮かべる。

「好きです」

あの日と同じ言葉をもう一度繰り返す。
「ずっとずっと、桂木さんにふさわしい人になりたいって思って努力してきました。自分のことずっと嫌いだったけど、好きになれるように頑張れたんです」
前向きになれたのも、自ら留学を選んだのも、全部。

「咲さん。私はSPです」
「分かってます」
「年の差だってあるんです」
「知ってます」

桂木がゆっくりと振り返る。
「貴女が」
「・・・?」
戸惑ったような表情を浮かべて、桂木は口を開く。
「・・・貴女が、笑っていてくれれば、それでよかったんです」
「桂木、さん・・・?」

「咲さん」

思いがけず優しく微笑まれ、一瞬だけ思考がとまる。
「本当は、言うつもりはありませんでした・・・けれど」
伸ばされた手が咲の頬を撫でる。

「私は、貴女の事が好きです」

言われた言葉の意味を理解した瞬間に、涙が頬を伝って流れる。
「わたし・・・桂木さんの隣に、居てもいいんですか?」
ほとんど呟くように咲がそう言うと、桂木は困ったような笑みを浮かべる。
「こんなオッサンだけれど、本当にいいのか?」
「年齢だとか、そんなの関係ないんです。・・・わたしは、桂木さんが好きなんです」
顔を見合わせて照れたように笑い合う。
慌てて目元をこすると、咲はスーツケースを引っ張って早足で廊下を駆ける。
「わたし、お父さんの所に挨拶に行ってきます」
浮き足だって仕方ない。
「総理にもきちんと話をしないといけませんね」
「何度でも・・・分かってもらえるまで話します。わたし、これでも粘り強くなったんですよ?」
それに、と咲は笑みを浮かべる。

「大丈夫です。だって、時間はいくらでもありますから。分かってもらえます」

決定事項だと言わんばかりに、自信たっぷりに咲は言う。
その笑顔を見ていると、どうしてかそう思えてくる。
「そうですね」
「じゃあ、行ってきます」






貴方と出会えたことに理由なんかなくたっていい。
運命なんかじゃなくたっていい。
知らないことがたくさんあって、知らなきゃいけないこともたくさんあって。

それだって一つ一つ知っていこう。


貴方と此処に居られることに感謝しよう。



わたしが居なくなるその日まで、愛し続けることを約束します。






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