必死になって走ってタクシーを拾い、会見場所の近くへ下ろしてもらう。
まだ怪我も治りきっていないのに全力で走った体があちこちがズキズキと痛む。
息が上がって、呼吸をするのも苦しいが、それでも大きく息を吸い込む。
新鮮な空気が肺を満たしていくと、少しだけ冷静さを取り戻せたような気がする。


(行って、どうなる)

―わたしには何も出来ない

(だってお父さんが脅されたのはわたしのせいじゃない)

―大人しくしてれば良かったじゃない

(お母さんが、居なくなっちゃった)

―わたしが、何もしなければ


(違う)
自分は弱い。
気を抜けば体が震える。自分1人では何も出来ない。
それでも、今自分が父親を守らなければ、全てを無くしてしまうような気がした。
(桂木さん、わたし、間違ってませんよね?)
こんな所で泣いている場合じゃない。
咲は泣き出しそうになっている自分に渇を入れると出来る限りの全力で走り出す。

ガタンッ

会見会場の扉を開くと、思った以上に大きな音が響いて、無数の目が何事かとこちらを凝視する。
「咲・・・?」
その中で一対だけ、驚愕の色が宿った目。
「総理のお嬢さんですよね。お母様が亡くなったとのことですが、今どういうご心境ですか?」
レポーターが1人、咲にマイクを近づける。
その顔に浮かんでいるのが下卑た笑みのような気すらして、咲は口を閉ざす。
そのままその言葉に何も答えずに咲は会見会場の中を歩くと、浩樹の前に立つ。
「・・・お父さん、ごめんなさい」
ゆっくりと、だが深々と咲は頭を下げる。
「わたし、信じるって言ったのに桂木さんを裏切ってしまった。そのせいで、お父さんは脅された。お母さんが死んだのだって・・・わたしのせい」
拳を握り、掌に爪を食い込ませる。
「咲、お前・・・」
感情が上手く整理出来ず、声が震える。
「お父さんは、何も悪くないよ。だって悪いのはお父さんを脅した人たちでしょう?・・・お父さんは、悪くない」
顔を上げて、いつものように笑う。
それから、その笑顔を消して咲はレポーターたちに顔を向ける。

「楽しいですか?」

ぞっとするような冷たい声で、咲は吐き捨てるように言う。
「そうやって、人の死をネタにして、楽しいですか?」
人の死をネタにして、遺った人の心を踏みにじって笑って。
そうまでされて笑っていられるほど、大人ではいられなかった。今一番苦しんでいるのは父親なのに、それ以上そんな思いをしてほしくなかった。
「お母さんは・・・死んじゃったけどっ・・・わたし、生きてるから・・・」
堪えきれなかった涙が頬を伝って流れ落ちていく。
「お父さん・・・わたし、生きてるよ・・・。お父さんが・・・桂木さんが・・・警察の方が・・・みんなが助けてくれたんだよ・・・」
誰も何も言えず、沈黙が支配した会場の中、咲の泣く声が響いていた。




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