(ごめんね、さようなら)

暗闇の中で、千里の声が聞こえたような気がして、咲は目を開ける。
(・・・夢)
ゆっくりと体を起こすと、白い壁が視界に入る。
(ここ、病院・・・)
そこでようやく記憶がつながって、咲は掌を見つめる。
「おかあ、さん」
喉の奥がカラカラに乾いて痛みを覚える。
(お母さんが、死んだ。死んじゃった)
用意されていた靴をはくと、咲は窓から病院の中庭を見下ろす。
見舞いから帰る人、逆に今から見舞いに来た人、母親と遊ぶ子供、ベンチに座って語らう老夫婦。
色んな人が見える。


「何にも変わらない」


人が1人死んでも、誰もそれを知ることはない。
自分にとっては母親であっても、千里を知らない人からすればただの他人。
思考がじわじわと毒されてくるのを頭を振って振り払う。
(少し、歩いてこよう)
ペタペタとサンダルを鳴らし、廊下を歩く。
少し歩くと、テレビが置かれている待合室のような場所にたどり着く。
何も言わずに咲はソファに腰掛けるとぼんやりとテレビのニュース番組を見る。

『総理、今回の事件についてどうお考えですか!?』

びくり、と無意識に体が震える。
ニュースをしっかりと見据えると、そこには父親が映っている。
「あの・・・これ・・・」
震える指先を必死に隠しながら、隣でニュースを見ていた老人に声をかける。
「ああ、これかい?何でも総理の娘さんが誘拐されて、辞任を要求されたとかでね」
怖いねえ、と老人は困ったような笑みを浮かべる。
「他にも・・・何か要求されたとか、言ってましたか?」
「その事はニュースにはなってないけど、リポーターさんってのは酷いね。亡くなった奥さんのことまで使って総理を酷く言って」
息が詰まる。
「そう、なんですか」
「星水総理はとってもいい政治家だって思うけどね」
老人のその言葉には応えずに、咲は立ち上がる。
「あの、教えてくれて有り難うございました」
「え?ああ、そんなことはいいけれど・・・」
不思議そうな顔でこちらを見る老人に目もくれず、咲は病室に戻る。

「いかなきゃ」

行ったとして咲に何が出来るわけでもなかった。
それでも、先ほどの言葉を聞いた瞬間に行かなければと思った。




「お父さんのこと、わたしが守らなきゃ」

泣いてばかり居たら、またきっと大事な物を無くしてしまうから。
素早く着替えると、財布だけを持って病室を飛び出す。
後ろから自分を呼ぶ看護師の声が聞こえたが、咲はただひたすら走った。




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