「・・・お母さん」
車いすに乗って千里の病室までやってきた咲は、ベッドに横たわる母親の姿を見てやっと声を絞り出す。
その物々しい雰囲気に、言葉が四散していく。
「咲・・・」
娘の姿に気付いた千里は弱々しく微笑む。
「良かったわ。無事だったのね」
「・・・うん、桂木さんと警察の方が助けてくれたの」
握りしめた手が小刻みに震える。
こんなにも弱った千里を見るのは初めてだった。
その儚さと弱々しさに、認めたくない事実が心を浸食していく。
「そうだったの。桂木さんに感謝しなくちゃね」
「うん・・・」
頷くのが精一杯で、咲は弱々しい笑みを浮かべる。

元々千里は体が弱い人だった。
それなのに郷田によって無理に外に連れ出され、薬も点滴も与えられず。
その結果なんて、1つしかない。

それでも、それを認めたくなくて咲は無理に笑顔を浮かべる。
「お母さん、あのね」
「咲」
思いがけず強い表情で微笑む千里を見て面食らってしまう。それから、声を上げずに泣き始める。

「貴女は優しい子だから、でもね、誰かを恨んじゃダメよ?」
「・・・うん」
「お母さんは、咲のお母さんで良かったって思ってる」
「わたしもお母さんの娘で良かった」
「浩樹さんの妻であれてよかったと思ってる」
「お父さんのことも大好きだよ」

千里は1つ息を吐くと、手を伸ばして咲の頭を撫でる。
「好きな人が居るんでしょう?」
少し目を見開いたが、ゆっくりと1つ頷く。
「頑張りなさい。・・・後悔だけはしてはダメ。考えて考えて、咲がしたいようにしなさい」
目を閉じると、あの優しい笑顔が浮かぶ。
「大丈夫。貴女なら絶対に大丈夫だから」
膝の上で握りしめた手の上に涙がこぼれ落ちる。周囲がざわつき、医者や看護師たちの声が耳に入るが動くことが出来ない。
「星水さん、しっかりしてください!」
ノロノロと顔を上げると、柔らかく微笑む千里と目が合う。

(信じているわ)

ゆっくりと口元が動いている。
「おかあ・・・さん・・・」



(かみさまなんて、どこにもいない)


堰が切れたように大声で泣きながらベッドにすがりつく咲を誰も止められなかった。




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