遠くで大きな音がして、咲はびくりと体を震わせる。
「どうやら・・・応援が到着したようですね」
桂木のその言葉にほっと息を吐く。思っていた以上に緊張状態は酷い物だったようで、気を抜くと膝が崩れてしまいそうになる。
それでも自分の前を、守るようにして歩く桂木の背を見ていると少しだけそれが落ち着いてくる。

(すきです)

こんな非常事態だからこそ、そう強く思うのかもしれない。
すっと自分の気持ちが落ち着くのを感じる。
しばらく歩いていると、桂木が手で咲が歩くのを制する。
「桂木、さん・・・?」
「静かに」
コツコツという足音が聞こえる。その途端に恐怖がわき上がり思わず桂木のスーツの袖を握りしめる。
それに気づいた桂木は振り返ると口元に笑みを浮かべる。
その目が大丈夫ですよ、と言っているような気がして咲はスーツを握る手に力を込める。
足音が遠ざかったのを確認し、桂木は周囲の様子に気を配り始める。
「・・・行ったようですね」
「はい・・・」
名残惜しさを少し感じつつ、咲は手を離す。
歩き出そうとした瞬間突然桂木に手を引かれ片手で抱きしめられる。
それに対して反応をする前に、甲高い銃声とつい数秒前まで自分が居た場所を抉る銃弾。
桂木の腕の中で血の気が引く思いで抉れた床を見る。
「お二人で仲良く逃げ出す気か?」
銃口をこちらへ向け、郷田が口元を歪める。
「か、桂木さん・・・」
「今度はもう行かせません」
咲を背に庇いながら桂木が自分に言い聞かせるように呟く。
頭から血を流した郷田は憎しみのこもった目で桂木をにらみ付ける。
「もう終わりだ・・・くそっ・・・さっさとその娘を殺しておけばよかったんだ」
ブツブツと呟きながら引き金に手を伸ばす。
桂木は咲を庇いながら同じように銃口を郷田に向けている。
その一触即発の空気に、咲は祈るような気持ちで自分を庇う桂木を見上げる。
「殺してやるよ。どうせみんな終わりなんだ。だったら最後くらい面白くしてやったほうがいいだろ!?」
「もう応援が来ている。大人しく降伏しろ」
銃は構えたまま桂木が言う。
大勢の足音がこちらに近づいてくるのが聞こえ、郷田は舌打ちをする。
「余裕ぶりやがって・・・殺してやる・・・殺してやるよ!お前が守ろうとしてるもんなんて全部ぶっ壊してやる!」
狂ったように叫び、郷田は悪意の矛先を咲へと変える。

目が合った瞬間に、体が硬直する。

(ころされる)
第六感とでも言うべき本能がそう告げる。
その直後、銃声が響く。


「・・・桂木、さん・・・?」

目の前に、赤い色が飛び散る。音が遠くなり、桂木の体が崩れる様子がやけにスローモーションに見える。
思わず手を伸ばして彼の体を支えようとする。ぬるりとした液体が手に付着して、咲は自分の両手を見下ろす。
まるで言葉を忘れてしまったかのように、口から言葉が出てこない。
自分が今腕に抱いている人の名前を呼びたいのに唇は震え、言葉を発してはくれない。
心臓が、全身が、痛みを訴える。

「お嬢様!」

応援に来た警官に肩を揺さぶられ、咲はのろのろと顔を上げる。
気付けば郷田は取り押さえられている。
「かつ、らぎさ・・・」
喉の奥から声を絞り出す。赤い色がやけに色鮮やかに見えて、じわりと涙が浮かんでくる。
「桂木さん・・・桂木さん・・・しっかりしてください・・・桂木さん・・・」
ぼろぼろと涙を流しながら、咲は何度も何度も桂木の名前を呼ぶ。
「桂木さんを助けて・・・」
口々に騒ぐ警官たちの声を遠くに聞きながら、咲はただ桂木の名前を呼び続けた。




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