「お嬢様!」

空気を震わせた聞き覚えのある声に、咲はゆっくりと目を開ける。
開けられたドアの逆光の中、彼の姿がぼんやりと見える。
「桂木、さん・・・?」
この場に居るはずもない人間の姿に、思考回路が止まる。
どうして、となんで、がぐるぐると頭を回る。
「だいじょ・・・――っ!」
咲の顔に残る暴行の痕を見て、桂木が息をのむ。
「お嬢様・・・申し訳ありません・・・」
躊躇いがちに伸ばされた手が咲の頬を滑る。
その瞬間に咲の顔が安堵に歪み、ボロボロと涙がこぼれ始める。
そのまま咲は腕を伸ばし桂木の首に抱きつくと大声で泣き始める。
「こわっ・・・かった・・・」
恐怖にじわじわと浸食されていくあの感覚は二度と感じたくない。
「・・・・・・」
桂木の手が咲の頭を撫でる。
「・・・行きましょう。これ以上貴女を傷つけさせはしません」
ゆっくりと頷き、桂木に手を引かれ立ち上がる。
まだ体中が痛いが動けないほどではない。
自分の手を握る桂木の大きな手を見て、自分が酷く安心していることに気づいて心の中で苦笑する。
(現金なヤツ)
今すぐにでもこの手を握り返したい衝動を抑え、深呼吸をする。
自分はどうしようもなくこの人が好きで、この人の隣にいると安心できるのだと強く実感する。
(桂木さんがいるから、絶対に大丈夫)
隣に桂木が居てくれると、そう思うだけで体の震えが止まる。
「・・・桂木さん」
自分を守るように歩き出した桂木の背中に、声をかける。
「どうしましたか?」
「・・・ごめんなさい」

(最後まで信じていられなくて)

ふいに桂木の口元に微笑が浮かぶ。
「・・・咲さんが無事で、本当に良かった」
「え・・・?」
名前を呼ばれたような気がして、咲は目を見開く。
けれどもうその時には桂木は真剣な表情で廊下の様子に気を配り始めていた。
心臓が痛い。
ドキドキと胸が鳴って息苦しさすら感じる。
ふいに彼が振り返り、すっと手を差し出す。

「・・・必ず、お守りします」

初めて彼に会ったときにも言われた言葉だが、どうしてか今は柔らかく聞こえる。
「・・・はい」
それから桂木の後に続いて廊下を慎重に歩く。
「あの・・・どうしてここが?」
「以前から総理の周囲を嗅ぎ回っているグループが使っていた場所だったんです」
今回の首謀者がそのグループのリーダーであったことからこの場所が特定されたらしい。
それを聞いて、咲は自分の手のひらを眺める。
(生きてる)

そんな当たり前のことが、無性に嬉しくなった。




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