「・・・っ!」
病院に着いた咲の目に飛び込んできたのは、慌しく動き回る医師や看護師たちの姿だった。
病院の入り口には狐の仮面をつけたスーツ姿の男が拳銃を持って立っている。
そして、その隣にあるキャスター付のベッドに寝かせられている女性を見た瞬間、咲は人の波に逆らって駆け出す。
「お母さん!」
けれど、銃口を向けられその足が止まる。
「ちゃんと1人で来たようですね」
「貴方・・・!どうして、こんなことをしてるんですか」
聞き覚えのある声に、咲の声が揺れる。
「『どうして』?」
男は銃口を空に向けると発砲する。
周囲がざわつくのを感じながら、それでも咲はじっと男を見る。
「貴女が総理大臣の娘で、この人が総理大臣の奥方だから。それは理由にはなりませんか?」
それからわざとらしく肩をすくめながらさらに口を開く。
「お嬢様が大人しく私についてきてくだされば、お母様には危害は加えませんよ」
嘲りの含まれた声に、咲は拳を握る。
それからしっかりと顔を上げて男を見据える。
「・・・約束してくれますか?」
「えぇ、もちろん。私たちが人質としてほしいのはお嬢様ですからね」
一歩、咲が歩き出した瞬間誰かに腕を引かれて頭上を見上げる。
「桂木さん・・・?」
咲の声には答えず、桂木は銃口を男に向ける。
「・・・郷田さん、何をしているんですか」
低く冷たい声で桂木が問うと、男は―郷田は高笑いを上げ始める。
「元からこういう予定さ。俺が警護担当として潜り込んでれば総理たちから信頼されるだろ?」
仮面を投げ捨てると郷田は桂木を睨む。
「お前のことは誤算だったけどな。まぁ、総理の娘を人質にとれりゃどうだっていい」
郷田が向ける銃口は、千里に向いている。
「・・・やめて」
思わず声が漏れる。冬の寒さとは違う冷たさが胃を焦がす。
あの時感じた明確な悪意を目の前で感じ小さく首を振る。
「撃つのか?撃ってみろよ。・・・警護対象が死ぬぞ?」
ニヤニヤと気味の悪い笑みを口元に浮かべる。
桂木の指が引き金にかかるのを見て、グラリと思考が揺れる。

どうすればいい、どうしたらいい。

「やめて!!」

考えるよりも先に体が動く。
咲は両手を広げて桂木の前に立ちはだかる。
「―――っ!」
予想外のことに桂木の顔に動揺が走る。
「やめて・・・撃たないで・・・」
胃から物がせりあがって来る。気持ちの悪さで視界が歪む。
「お母さんが・・・死んじゃう・・・」
必死に、その言葉だけを吐き出す。体が小刻みに震える。
「桂木、さっさと銃を降ろせ。それから、お嬢様はこちらへ」
千里に銃が向けられている以上下手に刺激することは出来ない。だが、それでも千里も、咲も警護対象だ。

「ごめんなさい」

ポツリと小さな声が聞こえる。
「お嬢様・・・?」
咲がゆっくりと歩き出す。
「ははっ、お前よりよっぽど状況判断が出来てるじゃねえか」
「ダメです、お嬢様」
それでも、咲は歩みを止めない。
後5歩。そこで咲は立ち止まる。
「・・・お母さんを、傷つけないで」
「分かってますよ。約束、ですからね?」
下卑た笑みを浮かべたままそう言うと、咲をつれて郷田はその場を後にした。




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