救急車とパトカーのサイレンを聞きながら、何処か夢を見ているような感じがする。
「お嬢様!」
誰かに腕を引かれてノロノロと上を向く。
「早く官邸へ向かいましょう」
桂木に言われゆっくりと頷く。そして、桂木が周囲を警戒するのすらぼんやりと見ながら歩き出す。
赤い色が目に焼き付いて離れない。

(しんでた、かもしれない)

ぞっとする。
冬の寒さとは違う冷たさが足下から這い上がってきたような気がする。
(あのひと、は?)
サイレンの音が耳元で響く。気持ち悪さに思わず口元に手を当てる。
「お嬢様、大丈夫ですか」
「・・・はい、大丈夫です」
いつものように笑顔を作ろうとするが、声が震えてしまって上手くいかない。
それでも必死に、上辺だけでも繕おうとする。
感情と言葉を飲み込む。
「いいんですよ」
降ってきた優しい言葉にゆっくりと顔を上げる。
「こんな状況になってまでも『総理の娘』でいようとしなくても、誰も貴女を責めたりなんてしません」
「―――っ!」
その瞬間に涙がボロボロと零れてくる。
(怖い、怖い・・・怖い怖い怖い怖い)
明確な悪意を持った恐怖が肌に突き刺さる。
誰かが自分の死を望んでいる。その望みを叶えるために、非道な手段を取っている。

死ぬかもしれない。

殺されるかもしれない。

自分がそういう立ち位置に居ることをはっきりと意識する。
(最初から)
自分が星水 浩樹の娘として産まれたその時から
(無理だったんだ)
普通の高校生として生活を送るのは、出来ないことだったのだとそう強く思う。
ぽん、と大きな手が咲の頭を撫でる。
「私たちが、必ず貴女をお守りします」
咲を安心させる笑顔で桂木が言うのを見て一度、ゆっくりと頷く。
「わたし」
しゃくり上げながら、咲は小さく口を開く。
「桂木さん、たちを・・・信じます」
それが自分に出来る事だと言わんばかりに。
信じていてください、と言われもう一度頷く。

(信じよう)

何も出来ない弱い自分が出来る、たった1つの事。
車に乗り、いつもと違うルートで官邸へと向かっていく。

(この人なら、信じても大丈夫)

少しずつ、何かが変化している。
それを確かに感じながら、咲は祈るように目を閉じた。



―――
変わったのは何のおかげか。




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