しとしとと雨が降り続ける。
審神者はゆったりとした動きで膝の上で眠る男の頭を撫でていた。

同田貫正国。

強面の男も眠っていれば幼く見えるもの。
審神者は自分を救ってくれた男を見て微笑む。
審神者と同田貫が結ばれたのは春の終わりのことだった。
彼は女に名を求め、彼女は男に名を渡した。
それは神との契りであり、女は男が望めば二度と現世へ戻ることは出来ないだろう。
それでもよかった。
審神者が現世に残してきたものは何一つなく、両親と兄を亡くし孤独の中に居た彼女にとっては同田貫と御手杵、二人の助けが本当に心地よかった。
誰にも必要とされず、何の能力も持たなかった彼女を絶望の淵から助け出してくれた二人は、審神者にとっては本当に神様のように見えたものだ。
「・・・神様、でしたね」
審神者はそう呟いてクスリと笑う。
「なんだ、寝てるのか」
「御手杵さん」
しぃっと審神者は人差し指を自身の唇に当てる。
御手杵は肩を竦めると音を立てずに審神者の隣に座る。
「同田貫さんにご用ですか?」
「ん?ああ、この雨で暇だったから手合せ頼もうかと思ってたんだけどな」
現世は梅雨の時期であるためか本丸でも雨が降る日が多くなっていた。
遊び盛りの短刀達が庭で遊べないことを不満に思い、蜂須賀や陸奥守などと言った打刀の面々が短刀達の遊びに巻き込まれていた。
「たたき起こしていいか?」
「ダメですよ。同田貫さんも疲れてるんですから」
そう言いながら同田貫の頭を撫でる審神者の目は慈愛で溢れていて、初めて出会った時とは雰囲気がガラッと変わった。
「そういやいつの間にかつっかえずに喋れるようになったな」
「みなさんのおかげです」
そう言って審神者は微笑みを浮かべる。
そこで御手杵は思い出す。同田貫と結ばれてから、主は困ったように笑わなくなったと。
ようやく、彼女にとっての辛いことがなくなったのだと思うとほっとする。
彼も審神者を好いていたが同田貫と結ばれることで彼女が幸せになれるというのなら喜んで身を引こうと思った。
それでもなお、彼の過保護は治らなかったが。

「なあ、アンタは今幸せか?」

「ええ、とても」

審神者の答えに御手杵はそっか、と笑うと立ち上がった。
「手合せは別の奴に頼むわ」
「怪我しないように気を付けてくださいね」
「へーへー、怪我したら直ぐ言うよ」
戦うことは好きだ。けれど目の前の主を困らせるようなことはしたくない。
御手杵は縁側をギイギイと音を立てながら去っていく。

まだ、雨はしとしとと降り続けている。

「アイツ、行ったのか?」
「・・・起きてたんですか?」
足音が遠ざかった頃合を見て同田貫が目を開けた。
「アイツが来た辺りからな」
「それなら手合せしてあげればよかったじゃないですか」
しかし同田貫はめんどくせえとそれだけを言って体を起こす。
「珍しいですね、同田貫さんが手合せを面倒くさがるなんて」
「そういう気分じゃねえんだよ」

言えるわけがない。手に入れた女の側に居たかっただけだなどと。

前の本丸の時と違って「この本丸」の刀剣男士達は審神者を慕っている。
それこそ主として慕っているものも居れば恋愛感情を持った者も居た。
「この本丸」に初期からいる蜂須賀や乱等には随分とからかわれたものだが、これだけは譲れなかった。

「―――」
「はい?」

名を呼ばれた審神者は嬉しそうに同田貫を見る。
これが見たかったのだと、うっすらとだがそう思う。

「・・・俺はアンタを現世には帰さねえ」
審神者の目が同田貫の琥珀色の瞳を捉える。
「いいですよ。戦いが終わったら同田貫さんの場所に連れて行ってください」


まだまだ、雨は降り続いている。
いつ止むのだろうか。男は喉を鳴らして笑った。



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