彼の主は、良くも悪くも平凡という言葉が似合う女性だった。

霊力の質と量は平均値、身長体重も平均値、学力体力も平均値。
平々凡々。
それが良いことなのか悪いことなのかは分からないが、彼は審神者の本丸では古参の部類に入る刀剣であり、彼女の初期刀である兄弟と同じように信頼されていた。

「心臓の病・・・心臓の病・・・心筋梗塞、狭心病、不整脈・・・心不全になったらどうしよう!死んじゃうよ!!」

そして審神者は泣き虫だ。
本人は30過ぎて恥ずかしいと言うが、彼らにとっては30年などとは赤子同然の年齢で、何も泣くことはおかしいことではなかった。
「落ち着け。俺たちはそういう人間の病にはかからない」
彼の兄弟・・・山姥切国広が落ち着かせるように審神者の肩を叩くが彼女は涙目で相棒を睨む。
「分からないじゃない!もしそんな病気になったら手入れで治せるのかも分からないし、政府が対応してくれるかどうかも分からないんだよ!?大事な仲間が病気になったら辛いに決まってるじゃない!」
当の本人をもってしても「優れてるわけじゃない平凡な審神者」だと言っているが、彼女の刀剣達へかける愛情は並ではない。
彼女は自身を何もない、優れているわけじゃないというがそれも立派な才能の一つだと彼は思う。
「山伏さん!ほんっとうに大丈夫ですか!?心臓、まだ痛いですか?いつ痛むとかありますか?何か不調があったらすぐに言ってくださいね?あ、山伏さんだけじゃなくて山切君もだからね!?」
「む・・・」
「痛みます!?」
視界の端で山姥切がため息を吐いた、のが見えた。
彼は心臓の上を抑えたがいつものように笑い声を上げる。
「大したことはない。主殿は心配性だ」
「心臓の痛みを大したことないで済ませられるわけないでしょう!よっし、こうなったら今いる皆の体調管理表を作ろう」
思い立ったが吉日とばかりに審神者は立ち上がって部屋を出ていく。
途中で何やら大きな音と、清光の「主!?」という声が聞こえたのでまた転んだのだろう。

「人の身とはままならんなぁ」

ぽつり、と彼は呟く。
ままならないのは心じゃないか、と山姥切心の中で返す。
審神者は、自分の霊力が足りないのを補って一人一人に心を砕いて接する。
彼女にとって刀剣男士たちはかけがえのない仲間であり、家族のようなものだ。
山姥切が兄弟の変化に気付いたのはいつごろだっただろうか。
意外に早く、兄弟は変わっていたのかもしれない。
主を目で追い、主を気に掛ける兄弟が、自分に何とも言えない視線を向けてきたのはいつごろからだったか。
山姥切国広は、彼女の初期刀だ。
初めてこの世界に顕現した時、彼女は泣きながら「私なんぞの所に来てくれてありがとう!」と彼の両手を握った。
変な主だと思いつつ6年間。
主は泣きながら自分はダメな奴だという事はあれど、山姥切を筆頭に刀剣男士たちの事は褒めた。
褒めて褒めて褒めまくった。
時には泣きながら褒めた。
だから彼らは彼女があそこまで自分を追いつめているなんて知らなかったのだ。

そして、「それ」に気付いていないのは当の本人たちだけ。

短刀、特に乱なんかはそわそわしながら「何で気付かないのかなぁ!」などと言っている。
「俺はアイツの手伝いをしてくる。・・・それでいいならそこにいろ。後は・・・アイツが居なくなったら兄弟はどう思う」
ぼそりと言って山姥切は彼女が駆けて行った方へ向かっていく。
彼は握りしめた拳を見つめる。
一体これは何なのだろうか。
「主殿が、居なくなる」
ポツリと言葉を漏らして、それを想像してみる。
短刀たちはきっと悲しむだろう。彼らは彼女を主というよりも姉のように慕っている。
脇差の藤四郎兄弟もそうだ。
打刀は、彼の兄弟は顔色を変えずに悲しむだろう。
そこで自分はどうだろうか、と彼は考えた。
「痛い、な」
彼女がこの本丸から居なくなるという事を考えただけで心臓が掴まれたように痛む。
彼は立ち上がると彼女の方へ向かう。
短刀達に囲まれ笑う主を見て思う。

人は、「これ」を慕情と言うのだ、と。



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