3.げっこう

光忠さんが私の近侍を務めてくれるようになってから、いくつかの季節が過ぎた。
私は部屋を物置から審神者の執務室へ移し、光忠さんは「護衛の為」と私の隣の部屋を近侍部屋として使うようにしたようだった。
結局あの時の謝罪は鶴丸国永からはなかった。光忠さんには謝ってたけれど、彼は「僕に謝るより先に主に謝って」と言ったら表情を消してどこかへ行ってしまったらしい。
刀剣達は私に心を開いては居ないが、別段害はない存在だとみなしたのか出会いがしらに暴言や物を投げつけられることはなくなった。
彼らは彼らで好きに出陣をして遠征をしているし、手入れが必要になれば呼ばれた。その時も光忠さんがきちんと見守ってくれていて安心できたものだ。
私は現世に帰る場所はなくここにいるしかない。彼らは私を使い勝手がいい下女のようなものだと思い始めたらしい。
それならそれで構わない。
彼らも人間には出来る限り関わりたくないだろうし、私としても出来る限り彼らに関わりたくない。
確かに彼らを傷つけたのは人間だが、それは「私」じゃない。
それならば私にだって関わる権利くらいあってもいいじゃないか。
光忠さんは優しいし、鍛刀でやってきてくれた大倶利伽羅さんもちょっととっつきにくいところはあるけれど良い人だった。

ある夜縁側で一番出会いたくない刀剣に出会ってしまった。
三日月宗近。
一番美しい剣は微笑みを美しい顔に浮かべる。その顔は月の明かりに照らされていっそ幻想的とも言える美しさだった。
「審神者よ」
「なん、でしょうか」
呼べばきっと光忠さんか大倶利伽羅さんは来てくれる。けれど、刀剣同士で争わせるようなことはしたくなかった。
出来る限り穏便に、この場を済ませてしまいたい。
「お主にしてきた数々の無礼、まことに申し訳なかった」
予想外の謝罪にえ?という間抜けな声が漏れた。
「・・・我々は、人間の手で弄ばれ壊された。しかしお主は・・・違うのだな」


今でも思うのは、ここでどんな返答をしたらよかったんだろう、っていう後悔。


「私、は、ただ・・・ただ、前任のような人間にはなりたくないだけです」
失礼します、と私は踵を返す。三日月宗近の顔を見るのが怖かった。
執務室に戻って息を整える。
「主?どうかした?」
襖を隔てた向こう側から光忠さんの声が聞こえてきた。
「・・・あの、今・・・縁側で、三日月さんに会って」
その瞬間、がたがたっという音がして襖が勢いよく開いた。
「大丈夫!?何もされてない!?」
狼狽えた様子で光忠さんが私の肩を掴む。
「あ、はい。少し話をしただけで・・・でも、やっぱり、怖いですね」
三日月宗近はこの本丸のリーダー格だ。何を思って私に謝罪をしたのだろう。
気味が悪くなって震えてしまう。
光忠さんは私を軽く抱きしめてポンポンと背中を叩いてくれる。その優しさに何度涙を流しただろうか。
「光忠さん、」
「どうしたの?」

「すきです」

そう言ったら抱きしめる力が少しだけ強まった。
「あの、えっと、ごめ」
ごめんなさい、という声を遮って光忠さんが「ちょっと待ってね」と囁く。
「あの、その・・・」
「嬉しくて顔がちょっと、ね。こんな格好悪い顔見せられないから少し待ってて」
「え、何ですかそれ。見たいです!見せて下さい!」
嬉しい、って言ってくれた。
私が好きだと告白したら、光忠さんはそれを受け入れてくれた。

そして、そんな幸せはすぐに終わってしまった。


「審神者NoXXXXXXXXXXXの所持する燭台切光忠に、重大なる違反があるそうだ」


翌日日が暮れるころ政府の役人がやってきた。
その役人は本家の人間で、何度か見かけたこともある。
「い、違反ってなんですか!ここの刀剣達はきちんと出陣も遠征もしていますしノルマもこなしてます。光忠さんが何をしたって・・・」
その目がギラギラと厭らしく笑っている。
ダメだ、私の権力ちからじゃどうにもならない。
今すぐ光忠さんと逃げなきゃ。

「燭台切光忠、貴様を刀解処分とする」

光忠さん!と叫んで手を伸ばした。光忠さんも手を伸ばしたけれど役人たちに抑えこまれて、彼は、折れた。
違う、折られた。

三日月宗近が私を欲している?
なんで?貴方たちは私を殺そうとしたじゃない。
人間を恨んでいるんでしょう?憎んでいるんでしょう?それなのに、どうして?

動くな、と言霊を使った。
人間も刀剣男士も関係ない。本丸に存在する全てが私の言葉に呪われて動きを止められる。
「ころしてやる」
ぽつりとつぶやいて立ち上がる。
「ねえ、大倶利伽羅さん。私、光忠さんが居ないのは嫌なんです。新しい燭台切光忠は、私が知ってる光忠さんじゃないんですよ。・・・大倶利伽羅さん?私と一緒に光忠さんを助けに行きましょう?」
私一人だけが動ける庭。月光は不気味に輝いている。
「何を、する気だ」
「過去を変えちゃいましょう!光忠さんが折られるなんて可笑しいでしょう?仲間に裏切られて折られるだなんて間違ってるじゃないですか!だったら・・・」

にこりと、笑う。

「仲間じゃなくすればいいんですよ」

―――

4.言霊

大倶利伽羅さんを連れて私は過去を変えることにした。
まぁ簡単に言ってしまえば歴史修正主義者になることにしたのだ。
現世に残してきたものがない、というのがこんなところで役立つとは思わなかった。何を人質に取られても私の心は痛まない。
あの本丸は外から侵入することが出来ず、中に居る者たちも動くことが出来ない。
光忠さんを殺した罰にしては軽すぎるけれど、死なれては困るので放置している。

「えへへ、光忠さん。聞いてください。これから光忠さんは三日月宗近の策略によって折られてしまいます。私はその事実を変えるために歴史を変えることにしました」

歴史修正主義者って凄いんですよ。実際起こったことを端末再生出来るんですから。
私はゲートをくぐって折られる前の光忠さんに会いに行く。
「・・・大倶利伽羅は、どうして?」
「私が誘ったんです!だって貴方が折られるなんて可笑しいじゃないですか!」
光忠さんを折らせるわけにはいかない。
この人は私を地獄から救ってくれた大切な人だから。
この場で私に賛同してもらえなくてもいい。光忠さんが折られる前に三日月宗近を、役人たちを殺してしまえばいいんだから。
「そっか、君はそこまでして僕を救おうとしてくれるんだ」
光忠さんが私の手を握ってくれる。
「ありがとう、光忠さん。私、ずっと光忠さんと一緒がいいなぁ。大倶利伽羅さんも一緒に居ましょう?だって光忠さんの大切なお友達なんですから。そういえば鶴丸国永もお知り合いでしたっけ?でも、あの人光忠さんを傷つけたから殺しちゃいましょう」

光忠さんの手を引っ張って私は出陣用のゲートへ向かう。
「さて、皆さんいいですか?あそこの本丸の刀剣男士、及び役人達は人の話も聞かないクズです。存分に甚振って殺してしまいましょう。楽しい楽しい殺戮の時間です」
鬼太刀や鬼槍らを引き連れて私は元自分の本丸へと戻る。時間は、あいつらが光忠さんを折った直後。
でも光忠さんは私の手を握ってくれている。折れてなんかない。死んでなんかない。生きている。
「なに、を・・・何をする・・・」
醜く肥えた役人が私が引き連れた部隊を見て気色悪い悲鳴みたいな声をあげる。
「何って分かりませんか?楽しいお祭りの時間です。貴方方みたいに自分の事しか考えず、勝手に大事なものを奪うような人間も刀剣も居なくても問題ないですよね。さぁ、やっちゃってください。誉を取った人は今晩の夕飯のメニューを決めていいですよ。高級肉でもバッチコイです」
軽々しい言葉。
これが、審神者と刀剣男士の関係だったらなんて微笑ましい光景なのだろうと思うだろう。
けれど今の私は歴史修正主義者で、狩るべき対象は政府の役人と刀剣男士。
私の言葉に嬉しそうな声を上げた鬼槍たちは次々と刀剣男士を屠っていく。
「あ、三日月宗近と鶴丸国永は最後にしてくださいねー。怪我させるのはいいですけど殺さないように気を付けてくださーい」
もうその時には鶴丸国永の片腕は地面に落ちてしまっていたけれど。
「わぁ、主ってば酷いねぇ」
「酷い?冤罪で仲間を殺すような男の方がよっぽど酷いですよ。・・・ねぇ?三日月宗近さん?」
光忠さんも大倶利伽羅さんも、金色の瞳が紅く変化している。
庭のあちこちに死体が転がっている。
向こうで鬼槍が鶴丸国永を甚振っていた。
鬼脇差から刀を借りると、私はそれを握りしめる。
「何を、するつもりだ」
「言霊です。・・・知らないでしょうが、私、言霊だけは使いこなせるんですよ」

きっと私の目も紅く変化しているんだろう。
光忠さんとお揃いだと思うと嬉しくて仕方ない。

「『苦しんでください』。本霊に戻っても、また呼び出されても、未来永劫苦しみ続けてください。私の大切なものを奪ったこと、絶対に許しません」

私は淡々とそう告げて三日月宗近の心臓に脇差を突き刺した。
言葉は呪いだ。
永遠に呪われ続けてしまえ、活動を止めた三日月宗近から脇差を引き抜いて血を払う。
「さて、皆さん帰りましょう。ご飯を食べて、また明日からお仕事に励みましょうね。私みたいな思いをしている人はたくさんいますから」
ゲートをくぐって帰ろうとすると光忠さんに腕を掴まれる。

「こんな業を背負ってまで僕を愛してくれて嬉しいよ。今度名前を教えてよ」
「もちろんです。これからもたくさんご迷惑をおかけしてしまうと思いますがよろしくお願いしますね、光忠さん」

愛しい人の腕にしがみついて、私はゲートをくぐる。
「言霊は要らないので使いませんけど、愛してます」
「・・・うん、僕もだよ」

―――

End.ある一族の終焉

とある日の事だった。日本の歴史から、ある一族が抹消された。
歴史修正主義者に存在を消されたのではない。政府直々に存在を消したのだ。
罪状は「歴史修正主義者への加担」。首謀者は一族の傍系に当る女だった。
女はブラック本丸立て直しの為審神者となって、1年ほどは審神者業を行っていた。
しかしある日を境に行方をくらまし、戻った彼女は本丸に居た刀剣男士と担当役人とその部下数名を虐殺しその遺骸を政府へ送り付けた。

『私の大事なものを奪った罪は重い。貴方方は皆苦しむべきです』

そんな文面を綴った紙と共に。
それから少しして一族からブラック本丸立て直しの為送られた若者達はほぼ歴史修正主義者へと寝返り、ほとんどの刀剣は折られるか殺されるかで生き残った者皆無だった。
歴史修正主義者にならなかったものは無残に殺され、これまた遺体は政府へ送られた。

『我が一族が永遠に呪われますよう』

禍々しい気配に薄い和紙はお祓いを受けたが、相当呪いが強かったのか封印するしか手立てはなかった。
そこで一族の当主と政府上官が繋がっていること、当主がコネの為だけに傍系の若者達を無理に審神者へと仕立て上げたことが暴かれた。

言葉通りに一族は呪いを受けたのだ。そして、ひっそりと国から消されることとなった。




「わぁ、欲にまみれた人間って怖いですねぇ」
携帯端末を弄っている女は目の前に座る男に画面を見せながらそう言う。
「本当だ。嫌な事件だね」
眼帯を付けた男が眉をひそめて返す。
表沙汰にならない事件でも、裏の掲示板ではどこからかネタを仕入れた人が水に石を投げるように波紋を広げていくものだ。
街中のコーヒーショップで二人はデート中だ。
「それにしてもスタバは久しぶりに来ましたけど相変わらず注文が完全に呪文ですね」
「うーん、さっきの僕は格好良くなかったなぁ」
照れたように笑う男を見て女はクスクスと笑う。
「あ、笑わないでよ」
「だって可愛くてつい」
男はその言葉に「男に可愛いはないでしょ」と言うが顔は笑っている。
「あ、メールだ。・・・もー、せっかくの休日なのに!」
「もしかして召集?」
そう!と女は頬を膨らませる。
「そんな顔しないの、可愛いのに台無しだよ。あ、でも膨れてる顔も可愛いかな」
「恥ずかしいこと言わないでよ!」
わいわい騒ぎながら二人は立ち上がる。店を出て雑踏へと消えて行った。





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