「あ・・・あぁ・・・」

目の前で崩れ、折れた刃となった男を見て女は声を漏らす。
最期に見えたのは驚愕に目を見開いた男の表情だった。
「どう、して。だって、彼は、何もしてないのに、なんで、ころしたの」
女は手のひらが切れるのも構わずに折れた刃を握った。

「三日月宗近様が望まれたからですよ」

政府の役人の言葉に、女はみかづきむねちか?とゆっくりと顔を上げた。
美しい顔の男がふわりと微笑んだ。
空には男の名と同じ三日月が浮かんでいる。

「君は、三日月宗近さまに選ばれた。あの方が君をご所望だ」

どうして。
女は繰り返す。
「どうして、なかまをころしたの」
「お主に巣食う物を取り払っただけの話よ」
三日月はそう言って笑う。
仲間に冤罪をかけ、殺すように仕向けた男はそれでもなお美しい。
女はくちびるをかみしめる。

どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうして!!

『お前たち全員動くな』

女の言葉は呪いとなってその場にいる人間と刀剣男士たちを縛り付ける。
「ころしてやる」

愛しい刀(ひと)の残骸を抱いて、女は修羅になった。

―――

1.私と彼のはじめまして

事の始まりを思い出そうと思う。
私の家系は政府と繋がりのあるそれなりの来歴を持つ血筋だった。
と言っても政府とコネを持っているのは本家筋だけで、私たちのような末端には関係ないことだった。
・・・はずだった。
ご当主様は政府に媚びを売る為に、ブラック本丸を立て直すための生贄を用意しようとしたのだ。
白羽の矢が立ったのは、もちろん私のような傍系筋。
私のほかに何人もが怨念が蔓延るブラック本丸へ何の知識もなしに押し込まれた。
敷地に足を踏み入れるなり刀を向けられ、罵詈雑言を浴びせられ、そして、本当に切られた。
何とか地に頭を付けて手入れをさせてほしいことを告げるなり暴力を振るわれた。
体を丸めて蹴りや棒状のもので殴られる痛みに耐える。
まだ刀で切り殺されていないだけマシだ。
しばらく暴力を振るったらすっきりしたのか、さっさと手入れをしろと刀を向けて脅される。
重傷を負った刀剣たちから順に手入れをしていく。その間も首筋には冷たい刃が向けられていた。
ああ、他の所の子たちは無事かなぁ?
最後の一人の手入れが終わると同時に腕を引っ張られて埃臭い小さな部屋に突き飛ばされた。
家具も何もないただの物置。

「・・・『痛くない』、『私は大丈夫』」

そう言葉に出すとすうっと体の痛みが引いていく。
言霊。
霊力が高い人間が多い血縁者は言霊を初めとして様々な能力を持っている場合もある。
私は言葉の能力が大きく秀でていて、本気を出しさえすれば口に出したことをそのまま実行できることもあるのだ。
しかし、今はこれが限界だ。
痛みが引いても体のだるさは取れない。
上着を脱いで床に横たわった。
これが毎日続くのか。
そう思うといっそ殺してくれとさえ思う。
父も母も助けてくれなかった。
むしろ優秀な姉が連れて行かれなくてよかったと笑っていた。
助けてくれる人は誰も居ない。そんな現実を目の当たりにしても、涙は全然出なかった。
手入れをしたとは言え、暴力は軽くならずむしろ悪化した。雑巾がけの最中に蹴り飛ばされて庭に転げ落ちたり庭掃除をしていたら突き飛ばされて池に落ちたり。
風呂に入れないから汚れが目立ち始めれば「近寄るな」「汚らわしい」と罵られた。
何で私はこんなところで生きてるんだろう。
日が落ちた頃、私は井戸の水を頭から被って一日の汚れを落とす。
久しく鏡を見ていないが、きっと今の私の顔は酷いことになっているだろう。
「『大丈夫』、『辛くない』、『痛くない』」
自分に言い聞かせるように私は言霊を紡ぐ。
物置の戸に手をかけた瞬間、今まで出てこなかった涙が急に溢れてきた。
本当は全然大丈夫じゃないし、凄く辛いし、体中痛い。
無かったような気分には出来ても、本当になかったことにはならない。
その時初めてこの本丸の前任者への恨みが爆発した。
刀剣男士たちへの恨みも溢れた。

私が貴方たちに何をしたの?
何で手入れしたのに殴られなきゃいけないの?
掃除までしてるのに罵るなんて酷いと思わないの?

思っても思っても言葉にはならず嗚咽だけが口から漏れていく。

「あ・・・」

彼とまともに顔を合わせたのはその時が初めてだった。

「ひっ・・・すいません、すいません・・・!」
1ヵ月ですっかり刀剣男士達へのトラウマが染みついてしまった私は悲鳴と謝罪を上げて物置へと入って内側から『開くな』という言霊で扉を縛る。
戸を背にしてズルズルと座り込み膝を抱える。
「やだ・・・もうやだよぉ・・・助けて・・・だれか、たすけて・・・」
抱えた膝が涙と鼻水でぐしょぐしょになる。
「・・・・・・だい、じょうぶ?」
外から聞こえてきた声にひゅっと喉が鳴った。
まだ居る。どうしよう。今度こそ殺される・・・。
恐怖でガチガチと歯が音を立てる。口にしっかりと手を当てて音が漏れないように漏れないようにと息をひそめる。
どれくらいそうしていただろう。

「ごめんね」

謝罪の声と共に気配が去っていく。
緊張が切れたせいかそこで私の意識はブツリと途切れた。
翌朝、死んだように眠っていたところをたたき起こされ私は一日の仕事を始める。出来る限り刀剣男士の目に入らないように掃除などの雑用を片づけていく。
それでも時折石を投げつけられたり、腐った野菜を投げられたりする。
早く死んでしまいたい。それとも心が死ねば辛くなくなるのかな。
罵倒と暴力を受けても徐々に感覚が無くなっていく心でぼうっとそう思った。

少しだけそれが変わったのはある夜のことだった。
いつものように井戸水で汚れを落として物置へ戻ろうとしたところ、前にごめんという謝罪を置いて行った刀剣男士と鉢合わせしてしまった。
もうダメかもしれない。
体から力が抜けてその場に座り込む。
「大丈夫!?」
男が縁側に何かを置いてから慌てて私に駆け寄ってきたかと思うとゆっくりと肩に触れた。
「っ・・・」
恐怖心で体がガタガタと震える。
こわい。ころされる。いや、もう、いっそ
「ころしてください。もう、いやなんです」
ほとんど無意識に漏れていた言葉に男は目を見開く。
「大丈夫、君を殺したりなんかしないから。立てる?」
そう言いながら私の体を支えて立ち上がらせてくれる。
「さ、ここに座って。・・・ごめんね、残り物しかないんだけど、よかったら食べて」
そう言って差し出されたお皿にはおにぎりとちょっとのおかずが乗っていた。
「・・・・・・毒殺、ですか」
「そんなことしないから安心して」
どの口でそんなことを言うんだ!と叫びたくてももう体力がない。
ニコニコと笑う男に気圧されておにぎりを一つとって口に運ぶ。
「・・・おいしい」
枯れたかと思った涙はまだ枯れていなかったらしくおにぎりを頬張りながらぐしゃぐしゃの泣き顔を晒すことになる。
「ごめん、ごめんね。君に酷いことして、本当にごめんね」
眼帯の男は困ったような顔をして、私に謝罪を続けていた。

これが、私と彼・・・燭台切光忠の「はじめまして」である。

―――

2.私が恋に落ちた時

それから燭台切さんは夜中にこっそりと食料を運んでくれて、私の話を聞いてくれるようになった。
逆に燭台切さんの話を聞くと、彼はこの本丸では新参な方だった為、前任に対してさして悪感情を抱いていなかったとの事だった。
「早く大倶利伽羅さんを呼び出せるといいですね」
「・・・え、呼び出してくれるのかい?」
ある夜燭台切さんは友人であるという「大倶利伽羅」さんの事を話してくれた。
とても楽しそうに話す燭台切さんを見ていると、早く会わせてあげたいなぁという気持ちになってくる。
けれど燭台切さん以外の刀剣男士は半年経った今でも私を認めてはくれないし、理不尽な暴力は流石になくなったけれど顔を合わせれば舌打ちや暴言を吐かれるのが常でもう大分感覚がマヒしてしまったようだ。
暴力がなければ何とかなる。
「はい、燭台切さんもお友達に会いたいですよね?」
その言葉に燭台切さんが困ったような顔をした。
「君も、友達に会いたいんじゃないかい?」
私はゆっくりを首を横に振る。
「・・・ここに連れてこられた時点で、現世での私の居場所は無くなりました。両親も姉じゃなくてよかったって言ってましたし、ここで死ぬしか残されてませんから」
ホウ、ホウ、とどこか遠くでフクロウの鳴き声が聞こえた。
「そんな事言わないで」
「燭台切さん、ありがとう」
この人は優しい刀だ。私の話を聞いてくれて、怪我の心配をしてくれて、色々な話をしてくれる。
「あ、ごめんね。そろそろ部屋に戻らなきゃ」
「いいえ、今日もありがとうございました」
長時間部屋から居なくなるのは怪しまれる。だから、夜の話は短時間だ。
それでも、ここに押し込まれてから初めて私は心が安らいだ気分になった。

だから、気配に気付けなかった。

次の日の夜の事だった。
物置で眠る準備をしていると戸の前に誰かが立った。ノックが二回、少し間をおいて一回。
燭台切さんが決めてくれた、戸を開ける時の決まりだ。
だから私は安心して戸を開けた。
そこにあったのは見慣れた黒じゃなくて、白。
「え・・・?」
月明かりの逆光で顔はよく分からない。けれど燭台切さんと同じ金色の瞳が鋭く私を射抜いていた。
「お前が、アイツを誑かしたのか」
抑揚のない淡々とした声に体が固まった。
逃げないと。でも、どこに?
入口には敵意を露わにした刀剣男士が抜刀している。

あ、そっか。死ぬんだ、ここで。

そう理解すればストンと感情が落ち着いてくる。
目を閉じて、突き刺さるであろう刀を受け入れようとした時何かに突き飛ばされて白い人の「光忠!?」という慌てたような声。
「燭台切さん!?」
彼の脇腹に刃が突き刺さっていた。完全に貫通して、刃は血に塗れている。
「な、何で・・・」
「鶴丸さん・・・が・・・君の部屋の前に立ってた、から」
つまりは、燭台切さんは白い人に殺されかけた私を助けてくれたのだ。
「『私は大丈夫』」
言い聞かせるように言霊を自分にかけて、燭台切さんの肩を支えて手入れ部屋まで運ぶ。
出血は刃物を抜いたときが一番酷いと言うのでそのままだ。
手入れ部屋で楽な体勢にさせて綺麗な手拭いを大量にかき集める。
「僕がこれ、抜くから・・・傷口押さえてくれる?」
「はい、任せてください。その後すぐに手入れします」
泣いてる場合じゃない。袖口で乱暴に目元を拭って私は手入れを開始した。

燭台切さんが落ち着いたのは夜が明けてからだった。
縁側に点々としていた血痕を見咎められ、三日月宗近に殺されかけた私を救ってくれたのも燭台切さんだった。
「彼女を殺すなら、僕も殺してくれ」
私を背に庇い、燭台切さんはそう三日月宗近に言った。
彼のその勢いのおかげか、彼はあっけなく私を殺すのを取りやめた。

その後すぐ、彼は私にくっ付いて歩くようになった。
「まだ君を認めてない刀剣達も居るんだ。よかったら、僕に君を守らせて欲しい」
そう言ってから彼は「大倶利伽羅もきっと君を気に入るよ」と笑ってくれる。
「燭台切さん、ありがとう、ございます」
「何かそれだと他人行儀だし・・・光忠って呼んでよ」

光忠さん、と私が呼ぶと彼は嬉しそうに笑った。
そうして私は隻眼の刀剣に恋をした。




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