演練の会場がざわついた。
キンッという甲高い金属音がして、大太刀が吹き飛ばされた。

勝者は、小柄な女だった。

黒髪に黒い瞳という典型的な日本人の特徴を持った変哲もない女の手には、加州清光が握られている。
髪型はその手の中にある加州清光が顕現した際と同じように後で結っている。
鎧は燭台切の物によく似ていて、帽子は粟田口の短刀の物だろうか。
顔には同田貫の物と似た傷が一本走っている。

「ありがとうございました」

演練の相手に頭を下げて女は去っていく。
演練は嫌いだ。
人のざわつき声に彼女は小さく舌打ちする。
「頭おかしいんじゃねえの?」
ざわめきの中でもよく聞こえた声の方を見れば、加州清光を連れた若い男が彼女を見て怯えを目に浮かべていた。
「可笑しいって、私が?何で?」
理解できないと言った風に彼女は首を傾げる。
「可笑しいだろ、何で審神者が刀持って戦ってるんだよ」

「だってこれは武器だよ。人間が持たなくて誰が持つの」

男はとうとう絶句した。
当たり前じゃないかとばかりに彼女が言うのに、言葉を失った。
何かを言おうとした男を、近侍の清光が止めた。
「止めて・・・止めてあげて・・・」
清光の視線は彼女が首から下げているリングに向いていた。
それを見た清光は声を震わせて、

「ねえ、君は【俺】を愛してくれてるの?」

と尋ねる。
彼女は視線を外すと「自分の武器なんだから当たり前でしょ」と言ってその場を去った。



『あの男も酷いよね。主が悪いわけじゃないのに!』
「でも仕方ないよ。審神者っていうのはそういう職業なんだから」
審神者は、どこまでも広がる闇の中で大切な友人と話をしていた。
友人は確かに隣に座っているのに、姿を見ようとすればその姿は視界から消えてしまう。
『僕は主がすっごく頑張ってるの知ってるからね。それに、帽子だって僕とお揃いでしょ?うれしいな』
友人はふふっと嬉しそうに笑う。
『顔色、あんまりよくないよ?きちんと休憩取ってる?ご飯は?』
「大丈夫。きちんと食べてるよ。体は資本だからね。・・・そうじゃないと、君たちの敵討ちが出来ない」
敵討ち。その言葉を聞いて友人が悲しそうに微笑んだ。
『本当はね、僕たち皆主にそんな事してほしくないんだ』
「うん。知ってる。・・・これは私の我儘だから」

審神者と友人はバイバイと言って別れた。



手入れ部屋で加州清光の手入れをして、朝食を取る。
今日は夜まで戦場に出るつもりなので軽食を用意し、戦闘用の迷彩服に身を包む。
「じゃあこんのすけ。ナビゲートお願いね」
「かしこまりました。審神者様」
静まり返った本丸に気配は二つだけ。
こんのすけの見送りを背に、審神者は鎌倉へ向かう。
加州清光を構え、遡行軍を相手に一体一体的確に首を落とし屠っていく。
「足りない、まだ、足りない・・・」
背後から襲いかかってきた敵大太刀をざっくりと袈裟懸けに切る。
審神者が自ら戦う理由は友人たちの敵討ちだ。
あの時の敵は誰だったのか。
思い出そうとしても思い出せない。

だから、出会う敵を全て殺すことにした。

そうすればいずれ友人を殺した敵に出会えるはずだ。審神者はそう考えたのだ。
こんのすけのナビゲートを聞きながら審神者は加州清光を振るい敵を殺していく。
彼女が歩いた道には点々と血痕が残っている。
拾った刀は道中で出くわした余所の部隊に丸々渡しておく。
部隊長らしい鶴丸が「これは嬉しいが、君は人間なのに何故自ら戦っているんだ?」と驚いていた。
「だって刀は人間が使う武器じゃない。私が使って何か問題でもあるの?」
コテン、と首を傾げる。
彼らは絶句したようだが、それが審神者の考えならと納得してくれたようだ。
「ねえ、僕たちは今から休憩するところなんだけど君も一緒にどうかな?」
「・・・じゃあ、お言葉に甘えて」
燭台切の言葉に頷くと彼らと共に休息を取る。
おにぎりしかもっていなかった審神者に何か思うことがあったのか、燭台切が少しおかずを分けてくれる。
「僕らの主が作ったものなんだ」
「・・・すごく美味しい。貴方たちの主さんはとても素敵な方なんだね」
審神者がそういうと彼らの顔がどことなく誇らしげになった。



『まったく、戦場に一日いるんだったらもうちょっと持って行かなきゃダメじゃないか』
「ごめん。準備するのが面倒で・・・」
そう言って頭をかけば、こつんと軽く拳が降ってきた。
『君はいつも無茶ばっかりするんだから。見ててハラハラするよ』
友人の声は心から心配そうで、審神者は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
『申し訳ないって思うなら無茶しない!一日戦場に入り浸る、みたいな無理はしないでよ?』
「うーん、ごめん。その保証は出来ないかな」
審神者の言葉に友人がため息を吐く。
『うん、知ってる。知ってたよ、君がそういう子だっていうのは。でも、僕たちだって君を心配してるんだ。・・・それは分かってくれるよね?』
「・・・・・・うん、分かってる」
審神者が目を閉じると友人が彼女の頭をゆっくりと撫でる。
『明日は戦場に出ずにしっかり休むこと、いいね?」
「はーい」

気の抜けた返事をして、審神者は友人に別れを告げた。




審神者は一人ぼうっと桜の樹を見つめていた。
彼女は、桜が大好きで、そして大嫌いだった。
友人と出会った季節であり別れた季節。
だからこそ審神者は本丸の風景を春にし続けていた。

(主!)

あの人に呼ばれた気がして審神者はびくっと振り返る。
誰も居ない。誰も居るはずがない本丸。
広すぎる屋敷に審神者はこんのすけと二人きりだ。
どっどっどっどと鳴る心臓を落ち着けるように息を吐く。
ぼけっとしていてもつまらないと審神者は立ち上がって掃除用具を取り出す。
別に普段使っていないのでさして汚れはしないが、定期的に掃除はしたい。

(主、僕がかわいくしてあげるね)
(あ、何やってんだよ!俺だって主を可愛くしてあげたいし!)
(はいはい、二人とも主が困ってるから落ち着いて、ね?)
(なんでもいいけどとっとと出陣してえ)

やはり動いていないとロクなことを考えない。
存在しない汚れを必死に落とそうと雑巾で床をこする。
こすって、こすって、こすって、こすって。

「審神者様」

こんのすけの声が聞こえてきて審神者はぴたっと動きを止める。
「そろそろ日が暮れますよ、審神者様」
「うん」
こんのすけの声にぼんやりと返事をして、審神者は立ち上がった。



『何ぼけっとしてんだよ。あんなんじゃ戦場で殺されちまうぞ』
「これでも結構敵倒してるんだけど」
友人はまだ甘ぇんだよ、と言う。
口は悪いが彼はとても審神者に優しい友人だ。
その厳しさが優しさだという事をよく知っている。
「ありがとう。頑張るよ」
『けっ。何で礼なんか言ってんだか』
「だって優しいじゃない」
審神者の言葉が予想外だったのか、友人が慌てた気配がした。
『誰が優しいってんだよ!おめえの戦い方がなっちゃねえからなぁ』
友人はぶつぶつと何事かを呟いているが、その頬が赤くなっているのを見て審神者はクスクスと笑う。
『笑ってんじゃねえよ』
「だって、―――ったら可愛くて」
『誰が可愛いだ?』
手を伸ばしてきた友人が拳を作ったかと思うと審神者の頭をぐりぐりし始める。
けれどそれは力の入っていないじゃれあいだ。
『もっと強くなれよ。もっと、もっとだ』
「うん、わかった」

にっこりと笑って友人に手を振った。




戦場から帰り、加州清光を手入れする。
練度は99・・・現在確認されているものでは上限値に達している。
それもそうだろう。審神者はほぼ毎日休みなく戦場に行き遡行軍を倒し続けている。
加州清光の他にも上限値に達している刀剣は三本。
乱藤四郎。
燭台切光忠。
同田貫正国。
審神者はその4本以上の刀剣を増やすことをしなかったし、顕現することもしなかった。
自ら刀を持ち、戦場を駆け、そして友人の仇を探した。
加州清光を持ち、広間へ戻る。
残りの三本はそこに置かれ、別の本丸であれば人形を取っているであろう刀剣は今は元の物言わぬ刀だ。

「ごめんね」

審神者はぽつりとつぶやいて畳に寝転がる。
顕現させようと思えばさせられる。それでも審神者にはそれが出来なかった。
守られるばかりだった自分。
弱かったばかりに『友人』たちは自分を守って消えて行った。
残ったのは『友人』たちの欠片と何もできない弱い人間だけ。
加州清光を顕現させられなかったのは、怖かったからだ。
自分が恋い慕っていた彼じゃない。その現実を突き付けられたくなかった。
乱と楽しくおしゃべりをして、燭台切と一緒に料理を作って、同田貫の鍛練を見学して。
そんな思い出は全て歴史修正主義者に壊されてしまった。

だから、止めた。

彼らは顕現させない。今度こそ自分の手で守って見せる。
10年以上審神者をしているベテランの所に修行に入り、刀剣男士達と共に修行をして、彼女は本丸に戻ってきた。
鍛刀妖精に頼んで友人たちの欠片をリングに加工し、常に持ち歩いて。
折らせない、折ってたまるか。
そんな気持ちでただひたすらに戦い続けた。

「ごめんね、加州清光」

何度眠っても、何度夢を見ても、彼は現れない。
現れてくれない。
あの日喪ってしまった彼にも、今この手の中にある彼にも申し訳がなくて、審神者は涙を一筋流した。



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