審神者の戦い方は、非常に合理主義だった。
1人ずつ確実に息の根を止めていく。まるで流れるような作業に鶴丸は驚きを隠せなかった。
普段はサバイバルナイフとショットガンを併用しているそうだが、今日は刀剣達も一緒という事もあってサバイバルナイフ一本で敵を討伐していっている。
その滑らかな動きに目を奪われた。
「さて、そろそろ敵の大将のお出ましよ」
返り血を浴びた審神者は、汚れているにも関わらず美しい。
「はは、君以上に働かないと怒られてしまうな」
鶴丸のその言葉に審神者は首を傾げた。

そうして、審神者と鶴丸の初陣は勝利で飾られた。

審神者も色々と自分の行動を反省したのか、出来る限り見かけた刀剣達に声をかけるようになった。
「今は何をしているの?」「どんなものが好きなの?」「また手合せしてほしいんだけどいいかな?」
生来彼らは人を好む神様だ。親しみを込められた言葉はとても嬉しいものだ。
「前任さんを忘れなくていい。忘れられた時、人は本当に居なくなってしまうから」
審神者はそういうと、自分の事は主と思わなくていいとも言った。
同僚とでも思ってくれ、審神者はそう言って笑った。
そんな淡々とした審神者を、鶴丸は好ましく思っていた。
2日に一度ほどのペースで夜、離れに向かい、審神者と他愛のないおしゃべりをする。
審神者も鶴丸が来る日が何となく分かるのか、その夜は訓練に向かわずに彼を出迎えてくれるのだ。
「・・・・・・前任さん、そろそろ危ないって」
「そうか」
彼らが交流を始めてからしばらく経ったころ、審神者がポツリと零した。
真横に居る審神者を覗き見れば、彼女は顔を歪めて胸元を握りしめていた。
「現世に戻った時は必ず前任さんのお見舞いに行っていたんだ。あの人は、本当にすごい。豪快で、でもそれだけじゃなくて・・・亀の甲より年の功、なんていうけど、行けば必ず一人一人の様子を確認してたんだ」
家族が出来た気分だった、と審神者が言葉を零す。
「前任さんが居なくなる。それを考えるととても胸が苦しい。・・・・・・これは一体何なんだろう」
小刻みに震える審神者の手を鶴丸が握る。
「多分、悲しいってことなんだろうな、それが」
「かなしい」
知らない言葉を繰り返すように審神者は言う。
彼女は自分の事を駒だと言った。
例えば将棋のように、自分を駒だと思うのだと。
そうすることで誰をここに動かし、彼をここに動かし、そして確実に将を落とすのだ、と。

女は、刀剣よりも人間味がない。

そういった環境で暮らしていたからなのかもしれないが、他の人間とは違う。
彼らは前任に喜怒哀楽を教えてもらった。しかし彼女は誰からもそれを教えられなかった。
「そっか、これが、悲しいってことか」
だいぶ落ち着いた様子で審神者が言う。
「ふふ、もしかしたら鶴丸は私よりも人間なのかもしれないね」
「かもしれないな」
鶴丸の言葉に審神者は酷いなぁと言いながら笑う。
初めて彼女を見た時、人形か何かだと思った。
表情も、声も、何もかもが作り物めいていて薄気味悪かった。それが今では声を上げて笑うようになり、短刀たちと遊ぶまでに人間味が出てきた。
「君は、何故戦うんだ?」
「生きるため。生き延びるためだよ」
さらりと事もなげに審神者は言う。
彼女が生きている時代はもっと平和ではなかったのか、そう問えばそうじゃない場所もあると言葉が返ってくる。
「両親と一緒に海外で暮らしていたんだが、私一人を残して皆死んでしまったよ。その後ボスに拾われて戦うための知識を叩き込まれた。知恵もまた戦うための術だと言われて兵法や語学も学んだよ。使えるものは何でも使った。・・・・・自分の体も」
しん、と静寂が辺りを支配した。
彼女の言う自分の体、というのがどんな意味で使われているのか分からないわけではない。
「辛くはなかったのか?」
審神者の中には、神を従えたことにより道を間違える者もいるという。
夜伽を行う審神者も居る。その被害にあった刀剣たちはどれだけ苦痛を浴びたのか。
想いあったわけでもない相手との性行がどのような気持ちになるのか、彼には分からない。
「まぁ、少なくともいいわけじゃなかったよね。何とも思ってない相手と寝るなんて。・・・まぁ、そいつは暗殺対象だったから最中に殺したけど」

それでもなお、彼女が輝いているのは何故だろう。

ああ、そうか。と彼は心の中で頷く。
目の前の女は前しか見据えていない。
純潔を失おうと、彼女の眼はただひたすらに前を向いている。
そのどこまでもひたむきで、潔い覚悟は共にいて心地よいくらいだ。
彼女は駒などではない、覚悟を持った武器だ。
「鶴丸。前任さんが亡くなったら、葬儀には君に代表して出席してもらいたい。・・・今からこんなことを言うのはおかしいかもしれないけれど、君たちがきちんと見送ってあげるのが前任さんには一番だと思うから」
「ああ、任せてくれ」
そんな話をした2か月後、その時は来た。
前任の訃報を聞いた審神者は刀剣たちにその事を伝える。
泣く者、呆然とする者、泣くのを堪える者、さまざまだった。
審神者も胸の辺りがざわつくのを抑え込み、出来る限り淡々と伝えていく。
「前任の葬儀には鶴丸に同行してもらう。数日の間本丸を空けることになるから出来る限り出陣は控えてほしい」
解散、という言葉は、音にならなかった。
審神者の目からボロボロと涙が零れだす。
それをぎょっとした表情で見つめる刀剣達。だが、本人は不思議そうに首を傾げている。
「・・・なんで、涙が出てくるんだろう」
短刀の中でも一等幼い見た目をした子たちがわっと審神者に抱き着き大声を上げて泣き出す。
「アンタも、悲しんでくれるんだな」
薬研の言葉に審神者が驚いたような表情を見せ、そして口元に下手くそな笑みを浮かべる。
「そっか・・・そっか・・・これが、悲しい、か」
病室に通う度、彼は審神者の事を子か孫のように扱った。
彼の家族は歴史修正主義者のテロで亡くなっているせいか、後任に任された彼女を厳しくも可愛がった。
お互い家族を亡くしているのに、くだらない家族ごっこか、と最初は思っていた。
それがいつしか家族のように思っていたんだ。
父、もしくは祖父が生きていたらこんな風になっていたのだろうか。
それに気付いた審神者は自分に抱き着く短刀達を抱いて声を出さずに泣き出した。

葬儀が終わり、審神者と鶴丸は政府が用意したホテルの一室に居た。
「あの人は慕われてたんだな」
元は学校の先生だったという前任の葬儀には大勢の人が溢れていた。
そのせいか、どうにも居心地が悪かった。
幼いころに家族を亡くして、人から外れた道を生きてきた。
まっすぐで眩しい人たちを見ると、自分がしてきたことの間違いに気づかされるようで怖かった。
違う、間違ってなんかない。
そう思っても、同年代の人間が穢れなど知らずに歩いているのを見ると胸が刺された。
「明日は政府の方で書類の片づけがあるから、帰るのは明後日の昼になる」
「ああ、分かった」
審神者は乱暴に服を脱ぎ捨てホテルの部屋着に着替える。
「おいおい、アンタは女なんだからもう少し気を遣ったらどうなんだ。流石にそんな驚きは要らないぞ」
「あ・・・ああ、ごめん」
戦場に居た頃は性別など関係なかったせいか、本丸でも大分刀剣達に気遣われてしまっている。
特に審神者よりも女子力の高い清光や次郎、乱なんかは特に審神者の身なりを整えようとこぞって審神者を追いかけまわしている。
乱と清光の連係プレイにより追い込まれ次郎に捕まえられる。何だあの強い団結力は。たまに審神者は疑問に思う。
見目よりも戦いやすさを重視する審神者にとっては中々理解しがたいことだが、それでも1週間に1回くらいは好きにさせている。
「それともアンタは俺を男として見ていないのか?」
背後から鶴丸の腕が腰に巻きつき、空いた手で顎を掴まれる。
「戦場育ちだから性別とか関係なく生きてたから疎いだけ。・・・ああ、それとも」
審神者はそう言って逆に鶴丸の腕をからみとってベッドに押し倒す。
「ご奉仕される方が好きなタイプ?仕事だって言ってくれれば無い胸で奉仕するけど」
男を押し倒しながらそういう声が震えていることに、本人は気付いているのだろうか。
気付いていないだろうな、と鶴丸は分析する。
彼女は、人の心の機微には聡いが、自分の心には疎い。
燭台切のように隠すのがうまいのではなく、気付かないのだ。
生きるために心を殺した女は、今まさに心を育てている所だ。
「なら抱き枕にでもなっててくれないか?べっどとやらは寝づらくて仕方ない」
「分かった」
審神者を腕の中に閉じ込めると、あっさりと了承される。
「鶴丸は暖かい」
審神者がポツリとつぶやく。
「そうか?」
「うん。私が知ってる人は、皆冷たい。体温が、なくなっていくの」
うつらうつらと、審神者は言葉を紡ぐ。
「こんな時代で、人殺ししておきながら我儘、だけど、死ぬときはベッドの上がいいなぁ」
「ああ」
「一人ぼっちは、いやだなぁ」
そんな言葉を残して、審神者は寝息を立て始めた。
人ひとりの体温を抱きしめながら、鶴丸も眠りに落ちる。

前任が亡くなってからも、彼女の戦い方は変わらなかった。
一つ、変わった事があるとすれば刀剣達に背を預けるようになったことだろうか。
特に同田貫や御手杵とはやはり気が合うのかよく手合せをしているし、血気盛んな和泉守も彼女相手に手合せをしていると機嫌が良い。
そんな光景を見ていると、ふっと思う。

気に食わない。

何がそんなに気に食わないのかと自問自答すれど答えが出ない。
とうとう燭台切に「鶴丸さん具合でも悪いの?」と真顔で聞かれる始末だ。

「薬研兄!手入れ道具用意して!みんな、綺麗な手拭いを・・・どうしよう・・・彼女が・・・彼女が死んじゃう!」

出陣していた第一部隊が帰還すると同時に隊員の乱の悲鳴に似た声が本丸中に響き渡った。
慌てて何事かとゲートに向かうと、

「笑えない驚きだな・・・審神者殿・・・」

喉がひりついて声が震えた。
同田貫が肩を貸して歩いている審神者の脇腹からは血がとめどなく溢れていた。



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