「お前を主をは認められない」

鶴丸国永から言われた言葉を受けた女は変わらない表情で「分かった」と答えた。
「出陣で敵を討伐するのは私がやるから気にしなくていい。申し訳ないんだけど、任務に遠征が入っているからその遠征だけ頼みたい。ノルマをこなせないと本丸解体になりかねないからさ。君たちとしてもそれは本望じゃないでしょう?後内番。私の食事は自分で用意するからそっちはそっちで好きに過ごしてくれて構わない。馬・・・は、乗れるけれど君たちが使ってくれ。私は乗馬での戦闘は得意じゃないから」
淡々とそれだけを言って立ち上がる。
「・・・何を言ってるんだ。お前が戦うつもりか?」
鶴丸は驚きと疑い半々の目で女を睨む。
「うん。君は私を主と認めない、と言った。そしてその言葉を誰も否定しなかった。私はその言葉を君たちの総意だと認識させてもらうよ。はっきり言って、コミュニケーションも取れない人間と部隊を組むのは命がいくつあっても足りないからね。それなら一人で戦った方が勝率があがる」
ばっさり。
暗に「お前たちは要らない」と言われたのだ。ショックを受けなかった、と言えばうそになる。
女はこの本丸の引継ぎ審神者だった。
前任はとても素晴らしい男性だったが年には勝てず引退を余儀なくされた。・・・そして白羽の矢が立ったのが彼女。
担当とこんのすけに連れられてやってきた女に、本丸のリーダー格である鶴丸が言ったのが冒頭の言葉。
そして返されたのが淡々とした声。
「審神者様・・・それでは・・・」
「ボスの教えの一つなんだよね。信頼できない奴とは組むなって。親友の裏切りで片腕吹っ飛んだボスの言葉だから重いよねぇ」
表情一つ変えず審神者は言う。

何を隠そうこの女。元傭兵だった。否、現在も傭兵。
国から審神者になって欲しいと依頼が来たときのボスからのお言葉は「出来る限り潰して来い」というありがたいものだった。
銃火器から刃物まで何でもございの女は見た目は愛らしい少女だが中身は非常に苛烈である。

「えーと、後取り決めもしておこうか。
一つ『君たちの混乱を防ぐため鍛刀は行わない。戦場で同種類の刀剣を拾った場合は顕現させずに政府へ送る』
二つ『私は離れに住み、私からは君たちに関わらない。そちらから声をかけてくる分には構わない。手入れや刀装が必要になった場合は呼ぶように。ただしそちらが私に攻撃を仕掛けてくる場合のみこの取り決めは破棄され、私から君たちへの攻撃が可能になる』
三つ『今この本丸に居ない刀剣、三日月宗近、長曽祢虎徹、浦島虎鉄、明石国行がドロップされた場合、顕現した後本人の希望により私と共に戦う、本丸で暮らす、余所の審神者の元へ送る。どれかを選んでもらう』
・・・とりあえずこんなんでいい?」

一気に言い終えると刀剣達を見回す。
「よし、じゃあこれでよしっと」
「待てよ。アンタは俺らに遠征だけしてろっていうが、勝手に出陣する分には構わないんだろ?」
そう言って審神者の動きを止めたのは同田貫。
確か好戦的な奴だったか、と審神者は彼を見る。
「それは別に勝手にしてくれていいよ。二つ目の取り決めに手入れや刀装が必要になったら呼べって言ったでしょ?まぁ昼間は私も出陣しちゃってるかもしれないけど」
ならいい、と同田貫は座りなおす。
「じゃあそういうわけで。お互い好き勝手に暮らしましょう」

それだけ言って本当に審神者は離れに向かって行って、彼らと関わることをしなかった。
しかし悪い人間ではなく、話しかけられれば答えるし何かしら食材を持っていけばお返しとばかりに何かしらを返した。
根は良い子だ。
実際同田貫や御手杵と言った戦いが好きな面々とはよく打ち合いをしている。それも彼らが誘えば、だが。

1ヵ月経っても彼女は誰も連れて行かず、一人で出陣し続けた。
ちょっと厚樫山行ってくる、とまるで買い物にでも行くかのようにさらりと言いのけた彼女は無傷で帰ってきた。
「だ、大丈夫か?」
「ああ、薬研藤四郎。別に今日も絶好調に歴史修正主義者を壊滅させてきたよ。・・・途中で検非違使にも出会ったがあいつらもそこまで強くないな。おかげさまで面倒を拾ってしまったよ」
そう言って審神者は薬研に打刀を見せる。
長曽祢虎鉄。虎鉄の贋作の中でも出来が良い部類の打刀だという。
「まだ浦島の方なら蜂須賀も良かったんだろうけどねー。とりあえず夕飯終わったら広間に皆を集めてもらっていい?」
「ああ、わかった」
薬研に顕現させていない長曽祢を渡すと審神者は離れへ向かっていく。

結果として長曽祢は審神者側に付く事になった。
新撰組の刀たちが残念そうな顔をし、蜂須賀はどこかほっとしたような顔をしていた。
しかしそれにすら興味を持たずに審神者は「じゃあ部屋増設しなきゃ」等と言っている。
「お嬢はそれでいいのか?男とひとつ屋根の下だぞ?」
長曽祢が面白がるような笑みを浮かべて審神者にそう問いかける。
「戦場に男も女も関係ない。強者は生き残り、弱者は死ぬ。女でも強くなければ生きていけないんだよ」
審神者はそれだけ言うと自室に長曽祢を押し込んで「寝なよ」とだけ言って部屋を出る。
「どこに行くんだ?」
「夜間訓練。きちんとやらないと体が鈍るから」
そう言って審神者は闇の中に消えていく。
明け方戻ってきた審神者は1時間だけ睡眠を取ると長曽祢を連れて出陣していった。

ほんの少しだけ、来たばかりのあの刀に嫉妬した。

昨日来た刀剣は信用されているのか、と思って彼ははたと動きを止めた。
信用しなかったのは自分たちだ。
戦場を知る彼女は自分たちと行動を共にするより一人の方が勝率があがるとも言っていた。
さて、ここで呆然と立ち尽くす自分は一体何なのだろうか。
白い着物の男はぶるりと体を震わせた。
その日の夜、鶴丸は離れを訪れたが、そこに居たのは長曽祢とこんのすけだけだ。
「お嬢なら夜間訓練っつって出かけたぞ。俺もついて行こうと思ったが邪魔だと一蹴されたな」
ははは、と長曽祢は笑い飛ばす。
確かにあの女と昨日顕現したばかりの刀剣では練度が違いすぎる。
「なら待たせてもらうかな」
「それはいいが、戻ってくるのは明け方だと思うぞ」
鶴丸は分かった、と返すと離れの縁側に腰掛けた。

女が帰ってきたのは本当に明け方になってからだ。どこで何をしていたのか、戦闘着は泥まみれ髪や顔も同じく泥が付着している。
その上女は片手にウサギを3羽持っていた。
鶴丸の視線に気付いたのか審神者は「今日の昼食用」と答えて笑う。
「何か用?」
「いや、少し君と話がしたくてな」
「・・・分かった。ちょっと待ってて」
「と思ったんだがまた後でにしよう。君も疲れているだろう?」
しかし鶴丸の言葉に審神者は首を傾げる。
「夜間訓練程度で疲れるほど軟じゃないよ。でもここにいるってことは鶴丸こそ寝てないんじゃないの?」
審神者と鶴丸はお互い顔を見合わせると吹き出す。
「分かった。今は私も君も疲れてる。話をするなら鶴丸の言うように後でにすべきだね。今日の昼の後でもいい?」
「ああ、構わない」
そう言って審神者と別れた鶴丸は柄にもなくわくわくしていた。
何故だろうか、あの女が驚きを提供してくれそうだからだろうか。
普段着らしいジャージ姿の彼女と話をしてみれば、審神者は驚くほどに普通の娘だった。
普通に話をするし、普通に笑う、普通の女のようにおしゃれにも気を使う。
厚樫山を一人で駆けまわる女は、彼の予想を超えて普通の娘で、それが逆に驚きだった。

「驚いた、思ったより君は普通の女子だったようだな」
「鶴丸は一体私をなんだと思っているんだ」

鶯丸の淹れた茶を飲みながら審神者が返す。
「・・・いや、違うか。この1ヵ月、私も君たちを知ろうとしなかったのが悪いんだろうな、きっと」
しみじみと言われた言葉に鶴丸はどきりとした。
それは自分たちも同じだ。前任の審神者が戻ってこられないのは理解している。
人間と、付喪神として永い時を生きる彼らの理はあまりにも違いすぎるのだ。
「ここに来る前に私は前任さんと会ったよ。80歳を過ぎているとは思えないほどの豪胆な方だった。・・・その時に気付いたんだよね。『私はこの人を超えられない。きっと認めてもらえない』って」
更に鶴丸はどきりとした。
ああ、そうだ。認めなかった・・・認められなかったのだ。
肉の器を彼にもらい、長い時を過ごした。
誰もかれもそれを忘れられず、しかし人の理を破る勇気もなく。
そして後任としてやってきた年若い娘に八つ当たりをした。
「なあ、審神者殿」
「何?」
「君が言った二つ目の約束を取り消してもいいだろうか」
柄にもなく真剣な声が出た。
「何故?」
審神者の目に驚きの色が広がった。
「君と同じだ。俺たちは君を知ろうともしなかった。・・・遅いかもしれないが君を知ろうと思ってね」
「・・・・・分かった。主とはまだ認めてもらえないだろうけど、精一杯努めていくよ」
よろしく、と笑う審神者は年相応で鶴丸も何だか素直に笑えた、ような気がした。

「・・・そういうわけで、就任当日に言った二つ目の約束が鶴丸国永の言葉の元破棄されることになった。と言っても急にこちらに人が増えるのも困るだろうから私と長曽祢、そしてこんのすけは離れの方で生活をする。
出陣をする場合、言ってもらえれば部隊に加えさせてもらうのと、私も戦場へ赴く。もちろんこれは任意だから出陣をしたくない者、私を信用できない者は私の部隊に加わらなくても問題はないし、上に文句も言わせない。
前任さんから任された場所だから、最期まで守り抜くから」

最後の言葉はポツリと吐き出されただけのものだ。
かくして、後任の審神者と彼女を認められなかった刀剣達は遅すぎるはじめの一歩を踏み出した。



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