「どーもー、宅急便でーす」

そんな間の抜けた言葉を言いながら政府発行のパスをひらひらさせる男が玄関に一人。
彼の横には近侍なのか歌仙兼定が控えている。
政府から来客あるから準備しとけよと言われていた審神者は、思いもよらぬ来訪者にポカンとした顔→般若顔→真顔にどんどんチェンジし、男を殴った。
しかし男も速い。審神者の拳を余裕で受け止めるとにっこりと笑ってカウンター。
審神者もそれを予測していたのか弾き返される。そうすると男は「あー、楽しかった」などとケラケラと笑い声を上げ始める。

「どうもどうも初めまして。演練コード名、志月。こいつの兄ちゃんです」

え?何今の拳のやり取り。こいつら人間?となっている空気にこの爆弾。
「あ、主殿の兄上でしたか・・・」
一番最初に我に返ったのは蜻蛉切。
「お、アンタがこいつの近侍か。よろしくなー。兄上とかじゃなくて志月でいいからさ」
上がらせてもらうぜー、と本丸の主の了承なくずかずか上り込む辺りは先日の長男といい彼と言いやっぱり審神者の血縁者だ。
「いつこ殿。上がらせていただいてもいいだろうか?」
志月の近侍である歌仙の言葉に無言で頷くと、審神者は大広間はこっち・・・と案内を始める。
色々予想外だったのか審神者のSAN値が削られかけている。
素面だというのにここまで顔色が悪い審神者の姿は初めて見たかもしれない。
「まぁ今日ここに来たのは久しぶりの挨拶と視察とケンカで・・・」
「ケンカする必要あんのかくそ兄貴」
冗談だ、と志月は笑う。
「・・・で、どうだ?調子の方は」
先日一哉からぼこぼこにされた件の事だろう。審神者はぐっと言葉に詰まる。
「こいつなら兄貴からもらった文見て勉強してるぞ」
「フォローありがとう同田貫。でも頭叩くのはいいけどもうちょっと優しく叩いてくれないかな?・・・貴様の腹筋撫でまわすぞ」
それを聞いた同田貫はそっと審神者の頭から手を離す。最後の一文だけ声がツートーンほど低かった。
「かず兄も「やりすぎたかなー」とかぼやいてたしな。元気そうなら何よりだ」
「いやぁ、こっちも一旦ボコボコにされておいてよかったよ。相手がかず兄だったし、向こうも身内だから容赦なくやってくれたんだろうしね」
先日の演練のメンバーは一つだけ審神者に秘密にしておいていることがある。
それは「山姥切国広が彼の初期刀だった」ということ。
流石にそれを知れば審神者が一哉の本丸に殴り込みに行きかねない。というか実行しそうで怖い。
「いつこ殿、よければこちらの誰かと手合せをしてもいいだろうか?」
「ええ、もちろん。長谷部君、鍛練場の準備をしてもらっていい?」
かしこまりました、と長谷部は大広間を後にする。
「なるほど。まぁ半年にしちゃ結構集まってる方だろ」
刀帳を確認した志月が言う。
「一期一振もいるんだろ?あいつは通称レア太刀だ。それに岩融」
「とにかく戦力増やさなきゃ!って時だったから知らなかったんだよねー」
大福を頬張りながら審神者は返す。物欲センサーなんてそんなもんだ。
「今は安定してるし、遠征と出陣、後きちんとした休憩を入れて練度を上げて・・・」
「初心者の内はあまり無理はするなよ。かず兄から来た資料が・・・」
彼らには彼らなりの話もあるのだろう。蜻蛉切は立ち上がると歌仙を鍛練場まで案内しに出ていく。

戦場の事、刀剣男士たちの事、それぞれの本丸の事。
それになにより兄と妹として積もる話もあった。

長男が審神者の素質を認められたのはもう10年以上前で、審神者の任に就いてからは盆と正月くらいしか会えなくなった。
四男も審神者になって数年。
二人ともまさか妹まで、とも思ってはいたが
「ま、俺もかず兄もあんま心配してなかったけどな。お前この前歴史修正主義者をラリアットでのしたんだって?」
兄からまさかそんな話が出てくるとは思わず、テーブルに額をぶつけてしまう。
良い音がした。
「・・・何で知ってるの、それ」
「かず兄から聞いた。ちなみにかず兄の情報源はお前のとこの刀剣たちだ」

話したのか、アレを。
思わず頭を抱える。

「たまにいるらしいけどな、自分で敵さんやっつけちまう審神者」
そのあとに続けられた言葉がお前ならやりかねなかった、なので後で一発殴っておこうと心に決める。
「後かず兄情報でお前の大量の黒歴史を話しといたそうだぞ。よかったな、もう猫被らなくて済むぞ!」
「かぶってねえよ!っていうかあのクソ兄貴何をどこまで話しやがった!」
黒歴史(ラリアット等で人をのした、虐めをする上級生をぶん殴った等)の数が多すぎて見当もつかない。
「悪いことは言わない。とりあえず落ち着こうな?」
「・・・そうする」
遠くから打ち合いの音が聞こえてくる。
「志月様、お茶のお代わりをどうぞ」
「お、ありがとう。お前の所の前田も良い子だなぁ」
うちの方もいい子だらけだぞ、と湯呑を手に取る。
「でしょー。私弟か妹欲しかったから短刀たちがかわいくてかわいくて」
そう言いながら前田の頭を撫でると彼は照れたように笑った。

客人である志月と歌仙が一番最初に風呂に入り、その後審神者が出ていく。
「お酒、よかったらどーぞ」
「お、次郎ちゃんはやっぱり気がきくね!少しいただくよ」
女も居ないというとですでに酒宴モードに入っている大広間。
「・・・その、志月殿。少しご相談したいことがございまして」
「ん?どうしたよ、蜻蛉切」
酒をちびちび飲みながらも、昼間と雰囲気の変わった蜻蛉切の様子に志月も真面目な顔になる。
「主殿に、求婚をされていまして」

ぶはっ。

飲んでいる最中なのが悪かった。タイミングが最悪だった。
口の中のものを思いっきり吹き出す。
「主!人様の本丸で何をしているんだ!」
歌仙の怒鳴り声が聞こえるがそれどころじゃない。
手拭いで慌てて吹き出してしまった酒を拭きながらもう一度確認する。
「え、きゅうこん?」
きゅうこん、キュウコン、球根・・・いや、花の球根を想像してどうする。
「え・・・おま・・・結婚申し込まれたの?あいつに!?」
完全に予想外だった。妹の黒歴史pgrなどしている所じゃなかった。
「はい・・・自分は鍛刀されてここに来たのですが、挨拶とほぼ同時に結婚を申し込まれまして・・・」
「何やってんだあのバカ」
頭を抱えて志月は呻く。
「えーと、ちなみに蜻蛉切。お前はなんと返事をしたんだ」
「ご冗談はおやめください、と」
「よしナイスだ。お前それ言質取られたらアウトだからな」
あの行動力溢れた妹の事だから何かあったらアウトゾーンまっしぐらになりかねない。
刀剣に愛された人間が神隠しに遭う話は何度か聞いているがあの妹の場合逆神隠ししかねない。
「後ついでに、お前あいつのことどう思ってんの?」
さっき噴出した時に鼻に入ったのか鼻の奥が痛い。
しかしこれは聞いておかないといけないと思い、顔を上げる。
「・・・お慕いするに値する、とても心の広い主だと思っております」
「恋愛感情は無いんだな?」
大声で話す内容でもない。自然と志月の声が低くなる。
「・・・・・・自分は主にお仕えする武人であり、武器であります。主に対しそのような感情を抱くなどもってのほかです」
「あ、そう。お前が真面目なヤツで本当に良かったよ」
妹の初恋相手(かどうかは知らないが彼が知っている限りでは浮いた話はなかった)が神様ってどうなのよ、と思っていたが相手がこうだ。よかった。

「この前岩融と今剣に嫉妬してたくせにー」

落ち着きかけていた空気に次郎が爆弾を投げ込む。
「じ、次郎殿!」
「だーってほんとのことじゃーん。ほんとーは毎日言われて嬉しいんでしょー?」
性質の悪い酔っ払いに絡まれた。
その瞬間目の前の男の笑みが悪魔のそれに変わった。
「よしよし、お兄さんがたーくさん話聞いてやろうじゃないか」
ゆらりと立ち上がった志月が蜻蛉切の真横に座る。


やっぱり血縁者ですね。


酔っ払いの次郎と悪魔の笑みを浮かべた志月に挟まれ、ガタイのいいはずの蜻蛉切は冷や汗をかく。
他の刀剣男士はそっと見ないふり、近侍の歌仙もまた見て見ぬふりをする。
「・・・放っておいていいんですか?」
流石に蜻蛉切に同情の目を向けていた太郎が歌仙に声をかける。
「いいんだ。彼は酔うといつもああだからね」
まったく雅じゃないよ、と茶を飲んでいる。
客人が来てもいつもの本丸風景だ。
現世とは難儀なものですね。
見当違いの事を思いながら太郎も尋問を受ける仲間から目をそらした。

人は、それを現実逃避と呼ぶ。



「よーう、あかり」
「兄貴」
本名を呼ばれ、思わず周囲を見回す。
「誰も来るなって言ってあるから大丈夫だよ」
「あ、そう」
審神者・・・あかりは何?と兄の顔を見る。
「お前、マジで神様に名前教える覚悟あんのか?」
「誰から聞いたのよ、それ」
「次郎とかそのあたり」
「・・・・・・」
兄と妹は無言で顔を突き合わせて、それから合わせたように縁側に向かって座り込む。
春の庭には桜の花弁が舞っている。
「いや、正直どう思うよ」
「あかり、頼むからもうちょっと色々言ってくれ。兄ちゃんエスパーじゃないんだ」
あかりは口をもごもごとさせていたが決心したように口を開く。
「多分一目ぼれ、ってああいうのを言うんだなって」

人間と神様。
その隔たりは大きい。一度彼らに名を教えれば、彼らがその気になれば存在すら抹消されかねない。
名というのは大きな呪の一つであり、守護なのだ。

「ほとんど無理言って近侍になってもらったのに嫌な顔一つしないし。いや、それが蜻蛉切っていう槍の性質なんだっていうのは知ってるけどさぁ!」
志月は妹の頭をポンポンと軽く叩く。
「お前が本気でそのつもりなんだったら応援してやるからさ、頑張れよ」
「しづ兄・・・」

そうして志月は立ち上がって笑顔を見せる。
何だかんだケンカもたくさんしたが兄妹。
やっぱり家族っていいものだなぁ、とあかりがうんうん頷いていると

「蜻蛉切はデカいだろうけど頑張れよ」

お兄さん爆弾発言。
何をですか。ナニがですか。
良い顔して親指を立てる兄を見て、あかりは微笑む。
そして

「死ね!くそ兄貴!!」

機動オバケ兄VS機動オバケ妹の戦いが始まり、そして追いついた彼女は兄の背にドロップキックをかます。

後に志月班の歌仙兼定は語った。
「アレはとても美しい蹴りだった」
・・・と。

本日の被害者:相談のはずが尋問へと変化した蜻蛉切、兄貴から下ネタ振られた審神者、妹からドロップキック食らった志月




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