「えー、ここで皆さんにお知らせがあります」
ある日の事。
出陣も遠征もなく、現在鍛刀された刀剣たち全員が集まる大広間で審神者は沈痛な面持ちでそう口を開く。
いつも笑顔でいることが多い審神者の真面目な表情に各々緊張が高まる。

「政府の方から言われました。演練して来い、だそうです」

何だ、そんなことか。
確かにこの本丸では演練は初めてだがそこまで沈むことがあるのだろうか。
「何か問題があるの?」
燭台切の言葉に審神者はコクリと頷く。
そして手元の端末をぴっぴと動かすとホログラムが空中に浮かび上がる。
コード名は「一哉」。刀剣相手に名を教えてはならないという規則がある為、これは偽名なのだろう。
「・・・・・・演練相手がさ、兄貴なんだよね」

はい?

刀剣たちの心が一つになる。
映し出された精悍な顔立ちはよく見れば審神者と似ていないこともない。
「いや、私らの初演練の相手部隊・・・兄貴のとこの本丸なんだよね・・・」
「それが、何か問題でも・・・?」
蜻蛉切がそう尋ねても審神者はうー、やあー、などうめき声をあげるばかり。
「一応練度が高い人で第一部隊を組む予定だから。日程は一週間後。数日中にはメンバーを発表するよ」
じゃあ解散!と言いたいことだけ言って審神者はふらっと大広間を出て行ってしまう。

「・・・どういうこと、アレ」

この本丸では初期メンバーに当る次郎がポカンとした表情でそれを見送る。
「何か心配事があるのだろうか・・・」
近侍として長いこと一緒にいる蜻蛉切も心配そうな表情だ。
その日一日審神者は部屋に引きこもって出てこなかった。

「はーい、じゃあ演練メンバー発表しまーす」
顔色も悪く出てきた審神者に清光と安定は大丈夫か大丈夫かと半泣きで詰め寄る。完全に二人のトラウマを刺激している。
「うん、一日食べてないからちょっと気持ち悪いだけ・・・」

「燭台切殿」「オッケー任せて」

お前らいつの間にそんな仲よくなったんだと言いたかった審神者だが蜻蛉切に肩を掴まれ無理やり座らされ、左に太郎、右には次郎。机を対面して目の前には薬研。背後に蜻蛉切。完全に逃げられない布陣が出来上がった。
そしてあっという間にご飯の出来上がり。
「はい、食べる!」
「・・・イタダキマス」
刀剣たちの手際の良さが逆に怖い。何?お前ら何でこんなに手際いいの?
ついでに言うと燭台切のオカン力の高さも怖い。
短刀たちに至っては審神者の顔色の悪さに涙目になっている子までいる。私が泣きたいわ!と心の中で叫ぶ。
20人近い刀剣たちに食事風景を見守られるという中々出来ないであろう体験をして、ようやく落ち着くことができた。

「・・・で、演練の話なんだけど」

メンバーは近侍の蜻蛉切、陸奥守、薬研、次郎、燭台切、同田貫の6名。
「何か異議、問題があれば言って。兄貴と会うの久しぶりだし今から凄い憂鬱なのよ・・・」
「ええと、あるじさまはあにうえさまと、なかがわるいのですか?」
今剣に尋ねられ、審神者は首を横に振る。
「どっちかっていうと仲は良い方だと思う。殴ったり殴られたりマジのケンカもしたけど」

人間の仲良しが分からない。

「ただ・・・」
「ただ?」
今剣は首をかしげる。
「これ以上色々晒されたらと思うと耐えられない・・・!」
「まって、ねえ、主。これ以上君一体何があるの?何を持ってるの?」
燭台切が思わず審神者の肩を掴む。
「いや・・・それはさすがに言えない・・・」

もうやだこの審神者。

ホワイト本丸なのに審神者だけが真っ黒だ。
審神者だけがそわそわして6日。
その日はやってきた。
審神者もその日くらいはと巫女衣装を着込む。
「黙ってれば美人なのにねぇ」
燭台切が遠い目をする。誰もその声に応えはしないが思っていることは皆同じである。
演練には特別な空間が用意されており、ここで負った傷は全て回復するシステムになっている。
「よーう、久しぶりだな、いつこ」
「・・・いつこ?」
審神者が目を細めて兄を見る。
「お前に充てられたコード名だよ。ちなみに俺が決めた」
「殺すぞクソ兄貴」
般若顔になりながら審神者が言う。
「・・・ちなみに理由は」
「五番目だから」
「殴る」
本気で殴りかかる体制に入った審神者を慌てて蜻蛉切が羽交い絞めにする。
「ええい、止めてくれるな!これはれっきとした兄妹喧嘩!大丈夫、お互い顔が腫れる程度で済む!」
「程度じゃすまなさそうだから蜻蛉切の旦那が止めてくれてるんだろ」
薬研の冷ややかなツッコみ。
「はは、刀剣男士といい関係を築けてるみたいじゃないか。ま、気が強いお前の事だ。心配はしてなかったけどな」
弄り倒したかと思えば兄の顔。
審神者は舌打ちをしたがそれ以上突っかかることはしない。
「やーだ、主ってば照れちゃってかーわいー」
「てーれーてーなーいー!」
次郎が指先で審神者の頬を突くのを払いのける。
「はっはっは。よし、それじゃあ戦おうじゃないか。ちなみにこいつらはうちの第三部隊だ」
審神者はその言葉に拳を握る。
分かっている。審神者になりたてのペーペーが、10年も審神者をやっている兄の第一部隊に敵う訳がない。
近侍の石切丸を筆頭に、山姥切国広、厚藤四郎、一期一振、にっかり青江、獅子王。
もちろん審神者の本丸にもいる面々もいるが、顔つきが違う。
余裕に満ち溢れている。
それも、彼女の余裕を無くす要因の一つになった。
演練が開始して、目の前の戦いに頭がフリーズする。

どうしよう、どうやって指示をすれば?
相手側の厚藤四郎の刃が薬研を切り裂いた。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
思考がぐるぐると回って指示がうまく出せない。
ピーっと笛の音が鳴ったかと思った瞬間、頬に痛みを感じて世界が一回転した。
「お前、何やってんだ?」
兄に殴られたのだ。
結構力も入っていたのだろう、口の中で血の味がする。
「主殿!」
蜻蛉切が駆け寄ろうとしてくるのを一哉は手で制して審神者の胸倉をつかむ。
「なぁ、お前は何を見て、何をやってたんだ?」
見てみろ、と言われ自陣の面々を見れば、皆重傷まで追い込まれていた。
「あ・・・」
「そりゃあ戦は勝ちが大事かもしれないけどな。引き際も覚えろ。勝てない戦に無理に突っ込むな」
ぐっと拳を握る。
兄の言う通りだ。演練だから気を抜いていた?
いや、違う。余裕がなかった。相手の言葉に呑まれて余裕を無くして、全体を見渡せなかった。
重傷者が出た時点で引くべきだった。負けを認めることも大事だった。
「・・・外の空気吸ってくる」
顔を上げられない。仲間の顔を見ることができなかった。
俯いたまま審神者は走って行ってしまう。
慌ててそれを追おうとした蜻蛉切を一哉が声だけで制する。
「ほいほい、蜻蛉切さんや。今はほっといてやってくれね?甘やかしたい気持ちもまぁ、分からないわけではないが、少し考える時間も必要なんだよ、ひよこちゃんだからな」
一哉はそういうと近侍の石切丸に救急箱を渡し
「割と本気で殴ったから治療してきてやってくれ」
と告げる。石切丸は任せてくれと微笑んでから彼女の後を追って歩いていく。
演練のシステムで傷は修復されるが初めて得た敗北に何とも言えない空気が漂う。
「あ。そういや俺アンタらに一つ嘘ついてたわ」
そう言ってから一哉は山姥切国広の背をばんっと叩く。
「こいつ、俺の初期刀な」

は?

という空気に変わった。
初期刀、とは審神者が就任した際に初めて与えられる刀の事だ。
「10年一緒の俺の相棒」
バンバンと背中をたたかれて相当痛いのか山姥切は顔をしかめている。・・・が、それが主なりの親愛の示し方なのだろう嫌がってはいない。
10年間も戦っていれば練度も自分たちとは大違いだ。
「っていうかこの演練も俺が政府の方に頼み込んだんだ。妹んとこの部隊をぼこぼこにさせてくれってな」
はっはっはと豪快に笑う目の前の男は、確かに彼らの審神者の血縁者だ。
「・・・ちなみに兄上殿。その理由は?」
「おお、なんかその呼ばれ方は初めてでこそばゆいな。理由、か。まぁ一言で言うなら審神者っていう職業のつらさを教えてやりたかった、かな」
一哉は顎に手を当てて真面目な顔をしている。
「自分は戦えず、人に指令を出すだけ。戦なら死人だって出る。待ってるだけしかできない。・・・自分が出した指示がもしも間違っていたら?」
これは演練だからよかった。
本当の戦なら?全員がロストしかねない状態でもあったのだ。
「後は久しぶりに兄妹喧嘩したかったってのもあるけどな!」
ああ、やはり血縁者。今までの重苦しい空気が一気に消し飛ぶ。
「よし、アイツが敗者だしお前らにアイツがやらかした面白い話してやるよ」

これはアイツが高校生のころの話だから今からえーと・・・5年だか6年くらい前の話だったな。
中学校までは共学に通ってたんだがな、親父とお袋が色々心配して女子高に通わせたんだよ。
ん?色々が何かって?
そりゃあ色々だよ。中学入学早々上級生に殴られた同級生男子の敵討ちとその上級生ぶちのめしたりとかな。
そこでしばらくは普通に過ごしてたんだよ。女友達も出来て楽しそうにしてたしな。
そんなある日だ。女子高ってんで・・・出たんだよ、露出狂が。
アイツのクラスがちょうど外での授業中だったようで完全にカチ合った。
クラスメイトの悲鳴が響き渡る中アイツ何やったと思う?
ラリアット。
死ね!って叫びながらいい具合にラリアットを露出狂に食らわせてノックアウト。
しかも拳振り上げて勝利の叫びだぜ?笑えるだろ。
その話聞いて俺ら兄弟全員大爆笑したね。
女子高通ってもアイツの性格は全然矯正できなかったわけだ。
それどころか女子高の中で王子様的存在にランクアップしちまったよ。

げらげらと笑いながらその後も似たような黒歴史を連ねていく一哉。
この場に審神者がいたら絶叫と悲鳴が響き渡っていただろう。
「・・・兄上殿、その・・・主殿は昔からそうだったのでしょうか」
半分頭を抱えたような状態で蜻蛉切が聞けば、一哉からはそうだな、と返事が返ってくる。
「まあ上4人全員男に囲まれてたからな。それに加えて特技がプロレス技中心の格闘技だぜ?女らしくとか無理だろ」
先日のお風呂場事件で蜻蛉切に言われるまでバスタオル一枚の主を放置していた前科があるので何も言えない。
「ま、アイツのフォローはよろしく頼むよ。俺ができるのはアイツの心を一度叩き折ってへこませとくことぐらいだしな」
それが、この兄妹の絆なのだろう。
そして審神者もそれを分かっているからこの場から離れたのだ。
はっはっは、と笑い声を残して一哉は去って行った。

そうして、彼らの初めての演練は敗北で終わった。



「いつこ殿、お顔を見せていただいても?」
階段に座り込み、膝に顔を埋めていた審神者の頭上から声が降ってくる。
「あ、ああ。うん」
兄貴の所の石切丸か、と顔を上げると苦笑を浮かべた彼と目が合う。
「我が主も人が悪い。女人の顔を殴るなどと。痣になっています」
「ああ、それは別に・・・実家じゃ取っ組み合いのケンカとかよくやってたし」
気にしないで、と手当てを受けながら審神者はへにゃりと崩れた笑みを浮かべる。
よくあるケンカなんかしょっちゅうだった。だから頬の痛みは別に何ともない。
それよりも痛いのは兄に言われた言葉。
見えなかった、きちんと見られなかった。
審神者歴半年ちょっとのひよっこが10年以上の男に勝つ等は到底不可能だろう。
それでも

『引き際も覚えろ』

無茶させていたかもしれない。
「・・・いつこ殿は本当に我々刀剣をよく見ているようだ」
石切丸がふっと微笑む。
「我が主はいつも「俺の妹なら最高の審神者になれる!」と言ってますからね」
酒宴の席でですが、と石切丸は続ける。
「・・・酔っ払いじゃん」
鼻をすすって、目元をこする。
「それでは我々はこれにて失礼します。・・・またいつか、お手合わせお願いします」
「ありがとう、石切丸。次は・・・みんなだけじゃなくて私も成長してみせるから」
楽しみにしています、と石切丸は一礼して去っていく。

「・・・帰ろう」

審神者になったんだ。
人ではないけれど、人と同じように痛みを感じる刀剣たちと戦っているんだから。

その後「ごめんねー」などと軽い調子で戻ったところ頬のガーゼを見咎められ大騒ぎになった事だけ記載しておく。



本日の被害者:兄に心をぼっこぼこにされた審神者




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