「山姥切国広。・・・何だ、その目は」

彼の自己紹介が終わるより先に、彼がかぶっていた布がはぎ取られた。
「なっ・・・!それを返せ!」
「ダメだね。自己紹介だってのに相手の目を見て喋らねえとかありえん」
布をはぎ取った男は丁寧にそれを畳むと自分のカバンにしまってしまう。
「山姥切国広な。オッケー。俺がお前の新しい主だ。演練用に一哉って名前をもらってる。好きに呼んでくれ」
よろしくな、と一哉という男は右手を差し出す。
山姥切は人間がする握手だ、という事を察しておずおずと手を差し出す。
一哉は彼の態度など一切気にせず強く手を握りぶんぶんと振る。
「今日からよろしくな。山姥切」
「・・・俺は山姥切の写しだ。奴じゃない」
「あー・・・じゃあ国広」
「俺以外にも国広の名を持つ刀は居る」
「お前クソめんどくせえな」
一哉はがりがりと頭をかいていたかと思うとニヤッとした笑みを浮かべた。

「じゃあ、やまんばぎりだからまんばでいいな?」

一応疑問形ではあるが、有無を言わせない言葉づかいだった。
それが山姥切国広と、一哉の出会いであり、山姥切、もといまんばにとっては「最悪」とも言える初対面になった。

しかしまあ、一哉は非常に優秀な人間だった。
的確な指示と冷静さ、そして刀剣達にも引けを取らない戦闘力。
「うちの嫁と娘が世界一かわいいんだよおおおおおおおおおおおおお」
絡み酒さえなければ。

事件はある演練会の日の事だった。
メンバーは打刀のみだった事もあってか相手大太刀の攻撃を受けきれない事も多く何とか勝利の判定をもらってもランクが低いという状況だった。
「何がしたいんだ、アンタは」
流石にこの状況が続けば気が滅入ってくる。
「いや、最近敵さんに大太刀が出てきただろ?」
「ああ、そうだな」
「で、うちに大太刀はいないだろ?」
「・・・ああ」
まんばはその話題を振ったことを既に後悔し始めている。
この男は冷静だ、一歩間違えれば冷酷ともいえるほどに。

「だったら演練で相手側の大太刀の刃を受けてくればいいんじゃね?怪我も治るしお前らは太刀筋を覚えられる。一石二鳥だ」

確かに本丸に大太刀が居れば手合せとして太刀筋を見ることも出来るが新人審神者の一哉の本丸にはまだ大太刀が居ない。
「主って結構合理主義だよねー」
疲れ気味の清光の言葉がさらに彼らを疲れさせる。
「ははは、元気出せって。帰りにお前らが好きな茶菓子買ってってやるから」
その一言で「仕方ないなぁ」という空気になるのは彼の人徳故か。

「打刀だけとかだっさ」

そしてその仕方ないなぁという空気をぶち壊す女の声。
抜刀すんなよ、と男はジェスチャーで伝え声のした方を見れば彼と同年代位の女が石切丸を連れて歩いていた。
少々装飾品の多い身なりは品に欠ける。
清光も同じことを思ったのか「うわぁ・・・」という呆れたような声が聞こえてきた。
「えー、何かな。お嬢さん。それ俺に言った?」
お嬢さんって年じゃないよね、と安定が言って清光が噴き出した。
「自分の所の刀剣のしつけも出来ないわけ?これだから田舎者は嫌だわー」
「さーせん、俺都内出身っすわ。24区っすわ。都心っすわ」
隣でニタニタと笑い出した主を見てまんばは内心ため息を吐いた。

あの女も人を選んで絡めばいいものを。

彼の主は優秀だ。その性格の悪さと絡み酒さえなければ。
男にとって「女」で大事にすべき存在は嫁と娘、そして二人の母親と歳の離れた妹くらいなもの。
それ以外の女はそこら辺の雑草程度の認識である家族大好き人間だ。
あの女がどれだけ美しかろうが、どれだけ地位があろうとも関係ない。自分にとってどうでもいいものは、彼はとことん排除しても心を痛めない。
ある意味では指揮官には向いているのだろう。
男の煽るような返しに女がヒステリックに声を上げる。
「あーあー、嫌だねぇ。ヒステリー起こすような女は。うちの妹みたいにヒステリーもおこさず自分の手で解決できるような女はいねえもんか」
「そもそも女の人ってああいうの多いじゃん。主の妹さんが特殊なんじゃないの?」
安定の言葉に男は噴出してそれもそうか、と返す。
「おじょーさん、あんまり人に喧嘩売っちゃダメだよ。喧嘩売っていいのは覚悟がある人間だーけ」
「はあ!?大太刀も呼び出せないような底辺に言われたくないわよ、このクズ!どうせ打刀程度しか呼べないんでしょ!?」
ガンガンと地団太を踏む女を、同年代とは思いたくない。
男はため息を吐いて「嫁は女神なのにどうしてこう女は・・・」と吐き捨てる。
「まぁ売られた喧嘩は買う主義だ。どうだ?お前の近侍の石切丸と俺の近侍のまんばで一対一の決闘でもさせようじゃねえの」
「は!?アンタ何言って」
まあまあと男はまんばを宥めさせる。
「そんだけ言うんだ、アンタは相当やり手なんだろ?だったらお前が言う打刀程度になんて楽勝だろう?」
ニタニタと男は笑う。

あーあ、可哀想に。

女には打刀程度等と罵倒されたが、主のあの笑いは何かを企んでいる時のものだ。
罵倒されたことよりもこれから女が受けるであろう屈辱を考えると怒りよりも同情が沸いてくる。
「当然でしょ!?石切丸!とっととあんな薄汚い布を倒してちょうだい!!」
「ヒステリーな女は嫌だね。からっとした奴の方がいいわ。うちの嫁マジ女神」
ヒステリックに当たり散らす女が石切丸を連れて会場の方へ歩いていく。
「おい・・・写しの俺に何を期待して」
「あの石切丸は攻撃する時に右にぶれる癖がある。そこを突け。機動はお前の方が早いし、刀装も金の盾兵付けてやる」
先ほどまでの煽り声はどこへ行ったのか、淡々とそうまんばに耳打ちをする。
「・・・・・・見抜いたのか?」
「こちとら若いころは結構やんちゃしてたからな。人の動き視るのは得意なんだ」
「しかし、俺は写しで・・・」
まだぶちぶちと文句を言うまんばを、男が殴る。
「写し写しうるっせえな!俺は審神者やってからずっとお前の働き見てるんだよ!お前は山姥切国広!刀匠堀川国広の傑作なんだろ?俺みたいなのについて文句も言わずに部隊長やってるのも分かってる、内番やってるのも知ってる。いいから自信を持て。俺が指示出してやる。俺はお前を信じてる、だからお前も俺を信じろ。いいな?」
バンッと背中を叩く。
じんじんと広がる痛みに顔をしかめるが、その表情に先ほどまでの卑屈さは見えない。
「・・・ああ、分かった」
「よーっし、てめえら!まんばをしっかり応援しろよ!勝ったら今日の晩飯は焼き肉だ!」
おおー!という掛け声と拳を振り上げる動作。
会場に入り、まんばは相手の石切丸と対峙する。
先手はまんば。斬りつけるも相手の刀装を剥すだけで精一杯だ。
相手の女の顔が醜く歪む。
「あーあー、醜い女は嫌だねぇ。まんば!上だ!!」
男の声にまんばは相手の薙ぎ払いを跳んで避ける。ついでに男は腕をまっすぐ天井に向けた。
「なっ・・・何やってるのよ石切丸!とっととそいつを倒しなさい!」
避けられた事に怒り、さらにキーキーと喚きだす。
「はい!そのままドーン!」
男が腕を振り下ろすのと同時に上空からの攻撃。向こうの石切丸は完全に予想外だったのか受け斬ることも出来ずに体力を半分削る。
が、その後カウンターを食らい刀装が一気に壊れる。
女はそれだけで勝利を確認したのだろう。たかが、打刀と侮ったのだろう。
しかし、石切丸の体勢が崩れた。
「え・・・?」
そこに入れられたまんばの斬撃に石切丸の残り生存は1・・・つまり、まんばの勝ちである。
「何で!何でよ!!アンタも何でこんなやつに負けてるのよ!!」
「はっはっは、うちのまんばは強くていい子だからな。演練じゃさせんが勝つためなら色々教えてるんだよ・・・おバカさぁん」
色々と男は言うがそれこそ色々だ、相手の隙を突くための方法や目つぶし等、男もまさか過去の「やんちゃ」がこんなところで役立つとは思っていなかった。
「・・・俺が、勝った、のか?」
「勝ったんだよ、まぎれもなくお前が。一哉班の山姥切国広が、な」
バンバンと肩を叩いて今夜は焼き肉だー!うおー!という雄たけび。
「・・・俺が、神刀、に」
「さてと、まんばはこのままいてくれよ。お前ら先に帰っててくれ。俺はこのお嬢さんに話があるんでな」
にっかり。
彼らの主はとても性格が悪い。
何だか本当に女が可哀想になってきた・・・おそらく、自業自得なのだろうが。
「分かった。焼き肉の準備して待ってるからね!」
清光がぶんぶんと手を振って皆を引きつれて本丸へ戻っていく。
「さてと、お嬢さん。アンタはこいつらに何をさせてるんだ?」
「は?」
女の肩がびくりと震えたのがまんばでも分かった。
その表情は恐怖に引きつっていた。理解が出来ないものを人は恐怖する。
女は今、理解ができないものを目の前にしているのだ。

可哀想に。

まんばはそう思うが所詮は他人事だ。
この男は身内には優しいし、優しい他人には非常に優しい。
それ以外には容赦がない。
「お前の霊力には刀剣男士たちの神力混じってるしなぁ。ここで放置すんのも寝ざめわりいんだよ」
「わ、私のパパは偉い人なんだからね・・・アンタなんてすぐにつぶせるんだから・・・」
「お前それ、「私悪いことしてますぅ」って言ってるようなもんだぞ?・・・ね、親愛なる伯父上?」
女がは?と目を向けた先にはピシッとしたスーツを着た男が立っていた。
「え・・・え・・・?」
「俺の予想だけどお前のパパはあの人の部下だぞ?」
にっこり笑顔でそう言う男はそれはそれは楽しそうだ。
「おう、面白そうなメールよこしたと思ったらなんだ、そいつ」
「いえいえ、伯父上が楽しくなれそうな案件だったんでメールさせてもらったんすよ」
スーツの男がニコリと微笑む。上品なそれの裏側には怒りが滲んでいる。
「君は備前国の審神者11321番かな?さて、通報も何件かあることだ。君の本丸に行かせてもらおうかな」
伯父もまた、男と同種なのだろう。楽しそうな笑みを浮かべて部下を呼ぶと女を立ち上がらせる。
「一哉、あんまり無理はするなよ?お前には嫁も子供も居るんだからな」
「分かってますよ、伯父さん。今回はちょっとばかりやりすぎただけっすよ。後妻子持ちなのは伯父上もでしょうが」
伯父を見送った男はまんばの背をまたもバシッと叩く。
「やりゃあやれるんだよ。お前はそういう男だ。前向け。・・・とりあえず今日は焼き肉食おうぜ」
「・・・・・・ああ」
布の下で顔が赤くなっているのを見て男は上機嫌になる。

「お前は俺の最高の相棒だよ」





おまけ(近侍連れで現世に里帰り)
「ゆーちゃん、大きくなったらまんば君のお嫁さんになる!」
「え・・・あ・・・お、俺の・・・!?」
「まんば・・・俺もそんなこと言われてねえのに・・・」
「あらあら一哉さんったら焼きもちやいちゃって」

「大きくなったらパパと結婚する!」って言われたかったのに相棒に持って行かれたパパ




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