「はーい、今度は合同演練でーす」

政府から送られてきた書類を持ちながら審神者は大広間で報告会を開始する。
合同演練とは定期的に政府が選んだ同等程度の練度を持った審神者を集めての演練会だ。
大体6〜8のチームが集められ順繰り順繰りに演練を行っていくちょっとした大会だ。
「今回は練度と疲労、傷の具合を見て前回のメンバーから同田貫を抜いてくりちゃんにします」
「はぁ!?なんで俺をつれていか・・・いでででで!離せ!!」
機動オバケ(妹)やら、女子力(物理)の名は伊達ではない。
いつの間にやら同田貫の腕を掴んでいる審神者にぞっとする。

ぅゎさにわっょぃ

「何でかって?じゃあ理由を教えてあげるよ。人が撤退命令出したのに突っ込んだのは誰だったっけ?しかも装備まで壊して怪我まで負ったのは誰だったっけ?挙句疲労してるくせにまだまだ突っ込んで行ったのは」
「お願いもうやめてあげて」
審神者の笑顔の追及に耐えきれなくなった燭台切が口を出す。美人だけに笑顔が怖い。
「ってわけで今回の演練は同田貫は欠席ね。きちんと手入れ部屋で傷を治しておくこと。ちなみに待機組の数人に監視を頼んでいるので手入れ部屋から抜け出したら一週間トイレ掃除+出陣禁止の処分になりまーす」
彼の隣にいた乱がドンマイ☆と同田貫の背を叩く。

そうしてやってきた演練会は順調に進んでいた。
相手のメンバーによっては負けることもあるがそれなりに勝ちを進めていく。
負けでもその敗北から得ることもある。
相手側の審神者にメンバーの組み方、陣形の取り方などを聞きそれを一つ一つ丁寧にメモしていく。
自分はまだ半年そこそこのひよっこなのだ。
積み重ねが大事だ。

「次はアンタ?」

うわ、香水くっさ。
そう思いながら審神者が振り向くと、そこにいたのはなかなかに派手な化粧をした女だった。
連れているメンバーはいわゆるレア太刀と呼ばれるものが多い。
三日月宗近が近侍なのか側に控えている。
一番美しい、とされている刀剣とは噂で聞いていたが確かに美しい。
・・・審神者の好みとは外れているが。
三日月宗近を筆頭に鶴丸国永、鶯丸、一期一振、小狐丸、蛍丸。
「主殿、少々下がられた方がよろしいかと」
どろどろとした嫌な空気が流れている。霊力が嫌な方向に向いているのが分かる。
彼女たちの近くに居れば審神者本人だけでなく彼女の陣営の刀剣たちまで穢れてしまいそうだ。
蜻蛉切の言葉に小さくう頷いて一歩下がった時だった。

「アンタこんなのとヤってんの?」

「は?」
審神者の霊力で空間が歪んだ、と後に燭台切は語る。
「だーかーらー、近侍ってことはヤってんでしょ?こんなの選ぶなんて趣味悪くない?」
審神者の霊力(+怒り)で外で急に豪雨が降り始めた、と陸奥守は語る。

「お前・・・何やってんの?」

審神者の切り裂くような冷たい声に一瞬で場の空気が凍った。
けして大きくはないが氷のように冷たい声。
「何って・・・アンタまさかヤってないとか!?うっわ、ありえない!こんな職業夜伽くらいしか楽しみないじゃない?・・・にしてもほんっと蜻蛉切とかないわー」
それに気付かない女はげらげらと下品に笑う。
審神者は無表情で彼女の部隊を見る。皆死んだような顔をしている。
美しいと言われている三日月宗近も、どこか無機質で人形のような感じだ。
それを見て鼻で笑い・・・そして冷ややかに言い放った。

「黙れ、人間のクズが」

顔で言えばどちらも美人だ。しかし、圧倒的に審神者の方が威圧感があった。
一瞬ポカンとした表情を浮かべた女だったが罵られたと分かり顔を真っ赤にして審神者に向かって平手打ちをしようとする。
しかし、あっけなくそれは捕まえられる。
間近で見る無表情の怒りに女はひっと息を呑む。
捕まれた腕がぎりっと鈍い音を立てた。
「知ってる?人を殴るってこうするのよ?」
無表情が一気に笑顔に変わった、と思った瞬間。


女が、空を飛んだ。


豪快な右ストレートが女をぶっ飛ばしたのだ。
「じろちゃん!みつ君!私の荷物から化粧落としとファブリーズ持って来い!こいつ化粧濃い上に香水くっせえんだよ!」

「「はい!!」」

思わず敬語になった二人はバタバタと控室へ走っていく。他の4人はいつも笑顔で優しい主の豹変ぶりに動けずにいた。
「主に何をする」
「うるせえ、黙っとけ、すっとこどっこい」
主を殴られた三日月が抜刀した瞬間、三日月も空を飛んだ。
身長の差は20センチ以上あるだろう。
平均身長程度の女が、三日月宗近を・・・あの天下五剣と名高い三日月宗近をアッパーカットで吹っ飛ばした。
後に同じ演練会に居た審神者は語った。
「あそこまで美しい技は見たことがない」、と。

審神者が刀剣男士を沈めるなどという前代未聞の出来事が起きて皆が呆然とする中審神者は司会者の方を睨む。
ひいっ、と悲鳴が聞こえたのは気のせいではないだろう。可哀想に、完全に巻き込まれ事故だ。
「そのマイクを貸せ」
「は・・・あの・・・」
「いいからとっとと貸せ!」
ドスの効いた声で怒鳴られ司会者はマイクを差し出す。・・・献上すると言っても差し支えない動きだった。
「言え。お前、彼らに何した?」
「ひっ・・・」
殴られ、頬を腫らした女が悲鳴を上げる。
「クズ女、とっとと、言えって、言ってるの。ねぇ、お前は人間の言葉も理解できないほどのクズなの?ほら、答えなさい?なぁに?貴方人間でしょ?ほら、質問に答えなさい。いいからとっとと吐け」
胸倉をつかみ、マイクを口元に押し付ける。
マイクに拾われた嗚咽が会場内に響く。
「ぬ、ぬしさまになにを・・・」
「ああ?」
それを止めようとした小狐丸を一睨みで黙らせる。あまりの威圧感に小狐丸は縮こまってしまった。
耳のように見える毛束が垂れ下がっている。
それほどまでに彼女は怖かった。
美しい、それ故に怒りの顔は恐ろしい。

もうその場は審神者のワンマンショーだった。
次郎と燭台切が持ってきた化粧落としで顔を化粧を乱暴に落とし、直にファブリーズをかけまくり、マイクを押し付け自分がしたことを言わせながらそれを全て正論で論破していく。
やめられない、とまらない。レトロなお菓子のフレーズがリピートされていく。

「なるほどね。審神者なんてやってらんねーよ!男侍らせてうっはうは!ってことね。了解了解」
マイクをぽいっと投げ捨て、審神者は・・・近くにあった放送機材を蹴り飛ばす。
ひっ、と化粧を乱暴に落とされぐちゃぐちゃの顔で女が悲鳴を上げた。
「ほんっとうに、最低最悪の人間のクズね?アンタ。自分がやったこと、やってることの重さ分かってるの?」
そこでようやく政府の上役がやってきて審神者と女を拘束する。
「な、何で大将まで・・・!」
薬研が飛び出そうになるのを誰かが制した。
「・・・志月の旦那」
「面白いことになってるって飛び出してきたが本当に面白いなぁ、おい」
全力で走ってきたのだろう。彼の額には汗が光っている。
「何故止めるのです。主殿は・・・確かに相手に手を上げてはしまいましたが・・・」
「それがまずいんだよ。何にしろお上はここで一旦二人を拘束しなきゃならねえ」
だから、今は耐えろと。
相手を殴った刀剣たちが暴れてしまえば本当に彼女が罪に問われ、本丸解体という事態になりかねない。
いつこ班の誰もが納得はいかないと言った面持ちで俯く。
「ちょっとちょっと!何でそんな暗い顔してるのよ。すこーし話してくるだけだから気にしないでよー」
ね?と審神者はいつもの調子を取り戻してケラケラと笑う。
「主殿!なぜあのようなことをしたのです!確かに相手はしてはならないことをしていました。しかしそれについて貴女が責を負うなど・・・」
「だってさぁ」
珍しく熱くなっている蜻蛉切を遮って、審神者はいつもと同じ調子で言葉を紡ぐ。



「自分が好きな人を貶されるのって嫌じゃん?」



そしてへらっと笑うと、行ってくるわーと言い残し政府の黒服に拘束されて歩いていく。
相手側の女も同様だったが腰が抜けてしまっているのかほとんど引きずられている。
「・・・蜻蛉切?」
動きを止めた蜻蛉切が心配になり燭台切は彼の顔を覗き込む。
「あーあ」

顔を赤くした蜻蛉切が、動きを停止していた。
それを見た志月が爆笑し、歌仙にぶん殴られて沈む。
「君たちも一度自分の本丸に戻るといい。ほら、主。彼らを送る為に僕たちは来たんだろう?寝ていないでとっとと起きるんだ」

主に対して容赦ないなこいつ。

何にしろ主が居なくなってしまった。
それぞれが空気を重くしながら本丸へ帰って行く。
志月が先に連絡を入れておいてくれたのか、本丸はとても落ち着いていた。しかし空気はじめっとして重い。
「志月殿。主は一体どうなるのでしょうか・・・」
一期が心配げな様子で志月に尋ねる。
「・・・まあ、とりあえずは殴った事に対しての処分が下るだろうな。ただブラック本丸の本性暴いたってのもあるからある程度温情はあると思う。・・・っていうかそっちの方面に身内が居るから俺とかず兄でなんとか話を通してみる」
本丸の解体、ということにはならなさそうだ。
一期はほっと溜息を吐く。
「ま、一週間くらいは現世で謹慎だろうな。下手したら監視がつくかもしれない。それまでは俺たちでここを見に来るから安心してくれ」
あ、と言葉を句切って志月は蜻蛉切を見る。

「俺は既成事実でもゆるs」

言い終える前に歌仙が志月の側頭部を殴る。
「主、雅では無い事は控えてもらおうか?」
「お前主に対して容赦なさ過ぎるだろ・・・ボコボコ殴るなよ・・・」
頭を抑えながら志月が呻く。

「兎に角、いつこの事は俺らが何とかする。お前らは絶対に問題起こすなよ?・・・お前らに何かあったら悲しむのはアイツだ」

志月の言葉に、刀剣達は頷くしか出来なかった。




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