「春だねぇ」
畑で収穫した野菜を炊事場へ運ぶ途中、咲き始めた桜を見て秋奈がぽつりと漏らす。
「桜?」
「うん、小夜君は桜好き?嫌い?」
秋奈に尋ねられた小夜は首を傾げてからどっちでもない、と返す。
「そっかぁ。あたしね、桜あんまり好きじゃないんだ」
吐き捨てるように言う秋奈の顔を見上げれば酷く虚ろな目で桜の木を見つめている。
「春は出会いと別れの季節だ、なんていうけど、そんなの一回もなかったもんなー」
小夜に言ったわけではなく、独り言なのだろうが何故か秋奈が消えてしまいそうな感覚に思わず彼女の着物の裾を引っ張る。
「あ、ああ。ごめんね。でもこんな立派な桜の木があるならお花見とかやりたいね」
野菜籠を持ち直しながら秋奈はいう。
「お花見・・・って何?」
「えーと、あたしもやったことないからよく分からないんだけど、桜を見ながらみんなでご飯食べたり歌ったり踊ったり(?)する宴会・・・みたいな・・・」

踊るの?
踊る人もいるらしいよ。

そんな会話をしながら野菜を届ける。
「あー、お腹すいたー!」
「秋奈ちゃん、小夜君。お疲れ様。もうしばらく待っててね」
まるでお母さんのような燭台切の言葉に思わず吹き出す。
昔はそんな家庭を夢見たものだ。
何だか家族みたいだ、なんて思って隣にいる小夜の頭を撫でる。
血が繋がった人たちとは家族になれなかったのに、と少しだけさみしくなる。
「どうしたの、秋奈」
「いやー、小夜君みたいな弟が居たらよかったのになぁって」
可愛い可愛いと頭をなでる秋奈と、されるがままの小夜。
「はいはい、二人とも手を洗って。それからみんなの事呼んできて」
燭台切がパンパンと手をたたき、二人はそろってはーいと返事をして二方向に分かれる。
秋奈が主の部屋とは逆の方に行ったのを見て、小夜は主の部屋へ向かう。
「ああ、小夜か。入っていいよ」
障子に触れるよりも早く、中から声がする。
「主」
「どうした?もうみんな昼食べ終わったの?」
生活家財が一切置いてないがらんとした部屋でふよふよと本丸の主は浮いている。
自称人畜無害な悪霊だという主は珍しいわねぇ、と言葉を漏らす。
「花見って何?」
「おおう、いきなりだね」
部屋に入り、障子を閉める。
「秋奈が春って言ったら花見だって言ってた」
「ああ、そういうこと」
花見ねぇ、と彼女は呟く。
「まあアタシもやったことないから詳しいことは分からないけどここでいうところの酒宴みたいなものかしらね」

踊るの?
いや、そこまでは知らん。

「・・・にしても花見、花見・・・ねえ」
幽霊姐さんは口元でにいっと笑う。
「じゃ、やりましょ」
「え?」
「気になるって顔してるし。ま、どうせならぱーっと盛り上がるのもいいでしょ」
大分人数もいるしねー、と飲み食いも出来ないはずの城主様は非常に楽しそうだ。
そして、目の前の悪霊が楽しそうにしているときはロクでもないことを考えている場合だ。
「アンタだって兄さんたちと一緒にご飯食べたりできたらうれしいでしょ?」
「・・・江雪兄様も宗三兄様も来てくれるかな」
小夜がふっと見せた不安げな表情は幼子のそれだ。
「ならアンタがきちんと話なさいな。「一緒に桜を見て、一緒にご飯を食べたい」って。人型になってそういうことができるようになったんだからさー」
さてと、と幽霊姐さんは準備しないとねーと楽しそうに言いながら障子をすり抜けていく。
一人部屋に取り残された小夜はぽかんとしていたがご飯だよー、という遠い声を聞いてハッと立ち上がった。

出陣している刀剣、遠征に出ている刀剣、内番仕事をする為本丸に残っている刀剣。
それぞれローテーションで回していたり、幽霊姐さんやロボ子の采配で決まる。
ここしばらく出陣が多かった小夜は非番だったものの同派で兄ともいえる江雪、宗三はそれぞれ出陣と遠征に出ている。
「小夜君どうした?具合悪い?」
秋奈の言葉に小夜はふるふると首を横に振る。
「秋奈は花見できたらうれしい?」
「え?それは・・・嬉しいかなぁ。ここに来てからたくさん友達出来たし、あたし友達と遊ぶの夢だったんだよねぇ」
えへへ、と秋奈は照れたように笑う。
それから箸を机に置いてから両手を合わせごちそうさまでした、と頭を下げる。
「よーし、食後の運動がてら庭の草取りでもしてくるかー!」
「えー、それより俺と遊ぼうぜー!」
社畜魂丸出しで立ち上がる秋奈と文句の声を上げる獅子王。
「・・・・・・」
本当に花見をやるのだろうか。
あの主はやると言ったらやる人間(?)だからおそらくやるのだろう。
そして絶対命令だとばかりに「全員出席」を言い渡すのだろう。
食事中に走り回らない!と燭台切の雷が落ちて、ようやく静かになった大広間・・・の障子が勢いよく開く。
スッパーンといい音がした。しかしうるさい。

「みんなー!花見やろうぜー!!」

開けたのはロボ子だが、イキイキとしか表現しようがない笑顔で言い放ったのは幽霊姐さん。
「そんな磯●ー、野球やろうぜー!のノリで花見決行するの」
「何だそりゃ。磯●?」
こっちのネタだよ、と秋奈が獅子王に返す。
「そうよね、春と言えば桜。アタシは梅も好きだけど。桜と言ったら花見。やったことないけど。昼間っから合法的に飲もうぜ!!」
「飲めるの!?」
酒の話を聞きつけてきたのか非番の次郎太刀がひょっこり顔を出す。

「すっごい、酒に目がない」
「っていうかご飯先に食べ終えて部屋に帰ってたよね」

燭台切と秋奈がこそこそと話す。
「そこ、聞こえてるわよぉ!っていうか秋奈ちゃんいつも酒宴の時全然飲まないじゃない。もしかしてダメ?」
「いやぁ・・・というか強すぎて全然酔えない方・・・」
指先で頬をかく。
「ロボ子ちゃん結構ノリノリで障子開けたね」
「やるときは全力で行きます。それに花見のような宴はコミュニケーションの場に最適です。本丸の刀剣が増えてきた今、こういった場を設けることに意義があると感じます」
「物理的に飲み食いできないものまぁ二人ほどいるけど!とにかくアンタら準備するわよー!」

こうして、第一回本丸お花見大会開催が決定したのであった。

―――

「花見かぁ」
「燭台君はしたことある?」
秋奈の言葉に「君って時々真顔で凄いこというよね」と燭台切は返す。
「主の刀としては見たことあるけどね。宴としては初めてだよ」
「あ、それもそうか」
二日後に決まった花見に向けてつまみの準備を黙々とし始める。
人数が人数なので大量に用意しておかなければならない。
酒の調達は幽霊姐さんがどうにかすると言ってそれはそれはいい笑顔で部屋に戻っていったので期待しておいていいのだろう。
二人の隣では大倶利伽羅も手伝わされているが仏頂面だ。
「ロボ子ちゃんは花見ってよくわかる?」
「いえ。機械である私にそういった物は必要ありませんでしたので」
その隣で大倶利伽羅を監視しつつ猛スピードで大根を切るロボ子。
中々にシュールな絵面である。
「馴れ合う気はないんだがな」
「そういった慢心が傷を負う原因になります」
大倶利伽羅の言葉をばっさりと切り捨てるロボ子に燭台切が噴き出す。
「何かあったの?」
手元の作業はそのままに秋奈は燭台切に尋ねる。
「この前戦場で「光忠・・・」はいはい、分かったよ」
射殺すとばかりの視線で睨まれ、燭台切はケラケラ笑ったまま言葉を切る。
「うおお、気になる・・・」
「話すと僕が倶利伽羅君に殺されちゃうよ」
「ロボ子ちゃんの話から何となくは察せるけどさぁ!」
どうせまた一人で平気だなどと言って敵陣に突っ込んでいったのだろう。
その話はよく長谷部から愚痴として聞いているのでよく知っている。
それをぽろっと漏らすと大倶利伽羅が包丁を置き炊事場を出ていきそうになって・・・そのまま襟首をロボ子に引っ掴まれる。
気道にいい具合に入ったのか変な音がしたのは聞かなかったことにしておく。
「そ、そういえば秋奈ちゃんは長谷部君と仲良いよね」
「うーん、よく仕事の話で盛り上がるかな!長谷部君良い人だよねー」
良い人という表現も若干気がかりになるが、秋奈も随分と変な人なので放っておく。
「っていうかさ、この本丸で一番偉いのって幽ちゃんなんだよね」
「はい、審神者がこの本丸の主になります」
準備をしながらこうやってくだらない話をするのも楽しいものだと秋奈は思う。
ここにきて、今まで欲しくても手に入らなかったものがいくつもいくつもやってきて、毎日が楽しい。
「ですが、私もサポートとしてですが審神者としての能力がありますし、秋奈もその資格があるからこそ転送に巻き込まれてしまったのだと思います」
「主、ロボ子ちゃん、秋奈ちゃんがこの本丸を治める三人ってところかー」
「気が強い女ばかりだな」
ぼそっと大倶利伽羅が小声でつぶやく。
「まったくだね!あたしもやられたらやりかえす方だし!」
「自分でいうのかそれ」
時代が時代か、彼らの時代は女は女らしくおしとやかに、なのかなぁ、などと見当違いの事を考えながら手を動かす。
「ロボ子ちゃんはホント強いしね」
「私は戦闘用です。あれくらいできて当たり前です」
「え、なにそれちょっと見てみたい」
でもまぁ、と続ける。
「女は度胸って言うしね!気が強くて生きていける世界だよ!」
「わあ、包丁振り回しちゃダメだって!」
ごめんごめん、と包丁をまな板に置く。

「あー・・・秋奈、はいるか?」

「あ、長谷部君」
長谷部が炊事場に顔を出したのを見て、秋奈を呼ぶ。
「長谷部君、どうしたの?」
「いえ、資材の事で確認したいことが」
「あれ?帳簿間違えたかな・・・ちょっと長谷部君と資材確認してくるね」
長谷部と秋奈が揃って出ていくと、燭台切が思い切り笑い始める。
「は、長谷部君ってさ、結構わかりやすいよね・・・」
「大丈夫かお前」
訳の分からない物を見る目つきで大倶利伽羅は燭台切を見下ろす。
「だってさ、秋奈ちゃんと話すときの長谷部君見てると面白くって」
「ああ、へし切長谷部は秋奈に好意を抱いていますからね」
「ロボ子ちゃんもロボ子ちゃんで思いっきりいうよね」
あんまり長谷部君に言っちゃだめだよ、と釘を刺しながら燭台切は作業に戻った。

――

「結構やってみるもんねぇ」
「結構やってみるもんだな」

ニヤニヤ笑いを浮かべた幽霊姐さんと鶴丸が顔を見合わせる。
その悪戯が成功した子供、と言えば聞こえはいいが完全に政府に対するカツアゲを行った後だ。
その笑いが悪魔の笑みにすら見える。
「・・・その、いろいろと大丈夫ですか」
「え、太郎どうしたの?何も問題ないわよ?」
その悪魔の笑みを一瞬で慈母の笑みに変化させる目の前の女は恐ろしい化け物なのかもしれない。
「・・・いえ、主が大丈夫ならいいんです」
「兄貴は心配性ねぇ、いろんな種類の酒が入るならそれでいいじゃない!」
日本酒だけでなく洋酒も仕入れてもらえる、日本酒も様々な物がやってくる。
酒好きとしてはたまらないのだろう、次郎太刀はわくわくした顔をしている。
「アンタほんっと酒好きねぇ。おいしいの?」
「酒の良さが分からないなんて人生損してるわよ!」
「安心しろ!アタシの残り人生はない!!」
テンションが高い同士の会話はヒヤヒヤする。
「俺らの主は暴君だが、顧みない人間ではない」
「・・・分かっていますよ」
生者でないことを散々利用し好き勝手やっているようだが、彼女はよく人を見ている。
それを彼女が意識しているかどうかは別だが、その思いやりに気付けない程人間味が欠けているわけでもない。
無理やり部隊を外すときは具合が悪かったり怪我が治っていないのを感づいたときだ。
「ま、疲労溜まってるのに出陣させるのは勘弁してほしいけどな!」
はっはっは、と鶴丸は意にも介してないように笑う。
「いくら岩融殿が一撃で屠るとは言えそこは少し考えてほしいところですよね」
「だから考えて疲れたら入れ替えてるじゃないの」
ひょこりと床から幽霊姐さんが生えてくる。
「・・・主、床から生えないでください」
「何よ、人をまるでキノコか何かのように!」
「キノコが生えるのはまんばの布だけで充分だろ!」
鶴丸から流れ弾を食らった山姥切国広が恨めし気な視線を向ける。
幽霊姐さんがまんば、まんばと呼んでいたのがすっかり伝染し今では鶴丸もまんばと呼ぶようになってしまった。
「俺の布にはキノコなんて生えない!」
「それならとっとと洗濯しなさいよ。アンタの兄貴に言って無理やり布剥ぐわよ?」
山伏の洗濯に合わせてはぎ取ってしまえばいいのよ、などと物騒なことを言い始める始末。
「人の物を取るな・・・!」
「なら清潔になさいよ」
目の前の幽霊は、主人だということを感じさせない人物だ。
彼女は出来る限り相手と同じ目線に立とうとする。・・・普段の行いがどうだろうと、だ。
だからくだらない言い合いも出来る。
幽霊姐さん自体も死んでいるわりに、というよりは死んでいるからなのかさっぱりしたもので、言われたら言い返し、お互いすっきりするまで言い合うタイプだ。
「後なんか宴会芸みたいなのもいいわよね!パーティグッズ用意しましょ!」
「お、この鼻眼鏡とやらは面白いものだな!大倶利伽羅を驚かせてやろう!」
パソコン画面を見てきゃっきゃとはしゃぐ幽霊姐さんと鶴丸。
「am●zonだからすぐ届くし、経費として政府に請求してやるわ!」
ふふん、と勝ち誇った笑みを浮かべて領収書を書き始める。
「ま、こうなったら楽しんだ者勝ちじゃない?兄貴♪」
「・・・ええ、そのようですね。山姥切国広殿もいじけていないで」
「いじけてなんかない!」
ムキになって言い返す山姥切国広に幽霊姐さんが笑う。
「アンタってほんと楽しそうよね」
「死んでから人生楽しいってのもおかしい話だけどねー」
空中を漂いながら皮肉げに笑う。
「どうせ消えるのを待つだけなら楽しんだ方がいいでしょうよ。政府相手のカツアゲすっごく楽しかったし☆」
「あれは驚きだったな!」
「鶴丸の機転がよかったからよー」

ああ、この二人は絶対に組ませたらダメな組み合わせだ。

上層部に対するカツアゲ話で盛り上がる主と爺を見ながら、太刀兄弟はそう思った。

――

「えー、桜も咲き大分暖かい季節になりました。っていうかそこ飲んでんじゃねえよ!はえーよ!!」
スタンドマイク(備品)の前に立って気分だけは学校の校長。
別に干渉できるわけでもないのでマイクは意味がないが気分的な問題でそこに置いている。
「本丸にも大分人数が増えてきて、資材や人手もある程度余裕が出てきました。
 鍛刀したときも出陣で拾ってきたときも最初アンタらがアタシを見る目は「うわ、なんだこいつ透けてるぞ」だったことを今でも鮮明に思い出すので後で名前呼んだ奴は本丸裏に来てください」
既に酒を飲み始めていた組の秋奈がぶほっと吹き出す。
「その後まさかのサポート役にロボットが来ちゃったり、挙げ句に関係ない一般人まで巻き込んじゃったり。
 ・・・ここに来てそんなに長い時間が経っているわけではないですが、こうやって人も集まり、みんなもある程度余裕が出てきた事と思います」
そこで言葉を句切り、ごほんと1つ咳払いをする。

「ってわけでだ!!酒もある!つまみもある!酒以外の飲み物もある!桜もキレイに咲いてる!」

そして握りしめた拳を天高く振り上げる。

「今日は無礼講だ!飲め!食え!!盛り上がれ!!!」

主の言葉に雄叫びとしか言いようが無い声が上がる。
桜の木の下にブルーシートを引き、思い思いの場所にみんな座っている。
わあわあ、ぎゃあぎゃあ。ふよふよと浮きながら幽霊姐さんはふっと微笑む。
この花見を開いてよかった、と思う。
「よう、大将。楽しんでるか?」
升を片手に薬研は幽霊姐さんに向かい合うように座り込む。
「アンタらが大はしゃぎしてるの見てるだけで楽しいわよ」
「いきなり花見だ!なんて言われたときは何事かと思ったけどな」
言って薬研は酒を煽る。
「・・・アンタ飲めるの?」
「ま、強い方だな」
でも、と言って薬研が視線を向けた方を見て幽霊姐さんはぎょっとする。
秋奈の周囲には酒瓶が何本も転がっているが彼女の顔色は一切変化がない。
隣に居る大倶利伽羅が真っ青な顔をしている方がよっぽど気になる。
「え、大倶利伽羅あれ大丈夫?吐きそうじゃない?」
「まぁ、本当に不味くなったら燭台切の旦那がどうにかするだろ」
後ロボ子、と続ける。
「あー、あの二人仲良いもんねえ」
「だよなぁ。倶利伽羅の旦那なら、本当に嫌だったら完全に拒絶するだろ」
ツンデレねぇ、と思わず漏らす。
「つんでれ?」
「普段は相手に興味ないようなつっけんどんな態度取る癖に本当は寂しがりで構ってほしい人の事」
そう説明すると薬研が吹き出す。
「それ、倶利伽羅の旦那には言うなよ」
よほどツボに入ったのか笑いながら薬研が言う。
「もうすでにロボ子が言ってるから無意味ね」
「・・・・・・ロボ子はかなり物言いが直球だからな」
「機械だからっていうけど多少相手の気遣いは必要よね」
アンタが言うか、と薬研に言われ幽霊姐さんはぺろりと舌を出してみせる。

「楽しいわ」

独り言のように呟かれた言葉。
そっと隣をのぞき込むと彼女が楽しむ仲間達を見る目は親が子を見るそれだ。
「そりゃ、主催者としては万々歳だな」
「ええ、そうね」

こんな顔は初めて見た。
初めて出会ったときの冷たい目はもうしていない。
何だかそれが無性に嬉しく、薬研は酒を取りに立ち上がった。




「大丈夫ですか」
「・・・・・・」
顔色が悪い。
隣に居た秋奈のペースで飲んでいればそれは気分も悪くなるだろう。
酒に強い所の話ではなかった。まるで水やジュースを飲むかのように酒を飲んでいく。
真横がそれだ、うっかり乗せられてしまった。
ロボ子が無言で大倶利伽羅の横に座り、彼の背を摩る。
普段なら止めろと喚く所だが、今そんな事をしたらどうなるか。
・・・大惨事が起きかねない。
「倶利伽羅君、お水」
無言で頷いて冷水を流し込む。
「大倶利伽羅の体温、血流の上昇を確認。これ以上のアルコール摂取はオススメ出来ません」
右手で背を摩りつつ、左手で彼の脈を測っていたりと忙しいロボ子の言葉に燭台切も頷く。
「秋奈ちゃんは・・・あれは完全に次元が違うからね。次郎太刀さんも飲兵衛だけどアレとは違った意味で飲兵衛だから」
元凶の秋奈は次郎太刀に投げてとりあえずは大倶利伽羅の介護に入る。
「燭台切光忠、ごみ箱を持ってきてください。いっそのこと吐かせましょう」
「いやいやいやいや、それはちょっと乱暴すぎない?」
相変わらず真っ青な顔の大倶利伽羅の背を摩りながらロボ子が言う。
あれ、と燭台切はロボ子の顔を見る。
いつもは無表情だ。
彼女は「機械に感情は必要ありません」と言って戦場で腕をもがれたときも血をかぶった時もいつも同じ表情をしている。
本人が言うに表情を再現する機能は搭載されているらしいが必要がないので機動させていないという。
それが、
「ロボ子ちゃん、変わったよね」
少し表情が出ている。面倒くさいというようなものの中に見える大倶利伽羅を心配する色。
「・・・・・・?何がですか?私は私です。変化はありません」
いつもの無表情に戻り首をかしげる。
そんなことないよ、そう言おうとした瞬間・・・大倶利伽羅の身に惨劇(オブラート)が起きた。

「「あ」」

燭台切の絶叫とロボ子のやはりゴミ箱は必要でしたねという声がいい具合に混ざる。
「急性アルコール中毒というものもあります。気を付けてください」
大絶賛惨劇なう!な大倶利伽羅の背を摩るロボ子。
真っ青な顔で炊事場へ走っていく燭台切。

まったくもって本日は(一部を除いて)平和な本丸である。



「あー、まったくうるさいわねぇ」
がっぱがっぱと酒を煽りながら次郎太刀が惨劇真っ最中な三人の方を見る。
「・・・・・倶利伽羅君大丈夫かな」
「あいつとて本人の意思で飲んだんだ。放っておけ」
次郎太刀、岩融、秋奈の周囲には空になった酒瓶がゴロゴロと転がっている上に酒臭い。
何というか2m近い巨体二人の間に挟まれている秋奈は女性としては別段小さいわけではなくむしろ高い方に入るが小さく見える。
しかしそれよりも何よりも三人の周囲に転がりまわる酒瓶の多さに近づけない、というより近づきたくない。
飲み過ぎですよと次郎太刀を止めようとした兄は「兄貴も飲みなさいよ!」とテンションの上がった次郎太刀に一升瓶を口に突っ込まれて沈没した。酔っ払い倒れ伏した太郎太刀も近づきたくない要因に十分含まれている。
大倶利伽羅もそうだが、宴が終わった後には重傷者が数名出ている気がする。既に出ているが。
他の刀剣たちも酒は飲む方だ、飲む方だがこの三人はアホのように飲む。・・・上に酔っぱらっていない。
次郎太刀は顔に朱がさし酒が入ってきたのがわかるが岩融と秋奈は通常運転。まったくもって変化が見られない。
「お前は酒が強いな」
「全然酔ったことないんだよねー」
缶チューハイを開ける。アルコール度3%などジュースと一緒だ。

「秋奈」

そんな恐ろしい空間にやってきた天使、否短刀が一人。
「あ、小夜君。お酒の匂い大丈夫?ほら!ここ!ここすわりなよ!!」
何故かバンバンと自分の膝を叩いている辺り若干酔っているのかテンションが上がりすぎているのか。
その勢いに押されおずおずと秋奈の膝に座る。
「あーもー小夜君は本当に可愛いなぁ!」
いつもこのテンションなので判断がつかない、が秋奈は楽しそうに小夜にすりすりとし始める。
もしもエフェクトというものが見えるのなら、ハートマークが乱舞していそうだ。
「あのね、秋奈」
「ん?どうした?」
「・・・江雪兄様と、宗三兄様に、一緒にお花見しようって言ったんだ」
その絞り出したような声に秋奈はふっと微笑んでよしよし、と小夜君の頭をなでる。
「主が言ったんだ。そうしたいならきちんと誘えって。それで誘ったら・・・喜んでくれた」
「そりゃあ、家族がそうやって一緒にいたいって言ってくれたら喜ぶよ」
そう言ってから小夜君かわいい!と突然抱きしめられる。
奇行だ。そう言っても差し支えない上に言っても無駄なのは分かっているのでされるがままだ。
「本当に小夜君弟にしたいー!あーでもそうなると江雪君と宗三君に怒られるかぁ!可愛い弟を横取りした!とかって」
可愛い可愛いと頬ずりし始める。
「だったら秋奈が江雪か宗三と結婚しちゃえばー。二人ともいい男じゃない?どっち選んでも損しないわよ」
次郎太刀が名案!とばかりに発言する。酔っ払いの戯言だ。
・・・しかし、それを真に受けた男の方から殺気がする。
それを見た次郎太刀はニヤァと笑う。
「そしたら小夜だって秋奈がお姉ちゃんになるわけだし?」
殺気が膨れた。岩融が笑い声を上げる。
「次郎太刀、冗談はそれくらいにしておけ。あやつは速いぞ?」
「へいへーい。冗談も通じない男はモテないわよぉ」
ケラケラと酔っ払いが笑う。

「何の話してるんだろうねぇ、二人」
「さあ?」

話の中心人物は置いてけぼりだ。
「でも年齢的にあたしが末っ子になっちゃうから小夜君がお兄ちゃんか!小夜兄ちゃん!」
あ、酔ってるわこれ。
顔に出ないだけでテンションはいつもの倍以上高い。
「飲み過ぎです」
いつの間にやら秋奈の横にやってきた長谷部が彼女の肩をたたく。
「えー、そうかな!すっごい楽しいよ?」
小夜を腕に抱いたままにへらーっと笑う。
成人もすぎて5年も経つらしいが子供っぽいところが目立つ人だ。
・・・それも、慣れ親しんだ人の前だと本当に子供のようになる。
「でもちょっとねむーい。小夜君あったかいんだもーん」
その状態のまま長谷部の肩にもたれかかる。
面白いくらいびくっと跳ねたのを見て岩融と次郎太刀がぷるぷると笑いを堪えた表情になる。
ここで爆笑すれば次の手合せで酷い目に合う。
相手は非常に速い。本気を出されたら一方的にやられかねない。
「は、長谷部・・・小夜を助けてそのまま寝かせてあげたら・・・?」
笑いを堪えて腹筋が痛い。
長谷部はじろりと次郎太刀を睨んだがそれが良いかと秋奈の手を掴んで・・・そのまま体制が倒れた。

「!!??」

いわゆる、膝枕というやつである。
少女マンガなんかだとヒロインの女の子がヒーローの男の子に膝枕をしてきゃっ☆というシーンもあるのだろうが、今は男女逆転。
男はどうすればいいのかと慌てふためき、女は酔っ払い、少年を抱き枕にして天使の寝顔。
ときめきもへったくれもない絵面である。
とうとう、そこで笑いは決壊した。
次郎太刀は腹を抱えて笑いだす。
「ほんっと長谷部は見てて飽きないわー」
「・・・僕どうしたらいいんだろう」
がっちりとホールドされた小夜がぼそっと呟く。
「もうされるがまま抱き枕になってなさいよ」
柔らかいでしょ!と若干セクハラ臭いセリフが混じる。
「あ、秋奈。このような所で寝てはお体を・・・!」
「そのまま寝かせておいてあげればいいじゃない。別に貸した所で膝が減るわけでもあるまいし」
次郎太刀はあっけらかんと言い放って日本酒を一気飲みする。
「ほらほら、長谷部!アンタさっきから全然飲んでないじゃないの!飲みなさいよ!」
酔っ払いに挟まれて素面で帰れるわけがない。
長谷部が本日の惨劇(オブラート)の犠牲者第二号となったのは言うまでもない。



楽しい時間は終わるのも早い。
酔いの程度が軽い刀剣たちは酔いつぶれた刀剣を部屋まで運び始める。
「主」
「ん?江雪に宗三か。どうした」
この二人はあまり酒は飲んでいなかったように思う。
ほぼ素面の二人は珍しく笑っている。
「いえ、宴の開催ありがとうございました」
「別にアタシがやりたかったからアンタら巻き込んだだけよ。気にしなくていいわ」
暴君を貫く主は片づけくらいはと運べる程度の物を持っている。彼女を視認できない人間からしたらポルターガイスト現象だろう。
「小夜が楽しそうで僕たちもうれしかったですよ」
「ああ、きちんと誘えたのね。そりゃよかったわ」
家族仲よく、なんてすべての家庭ができるわけじゃない。それでも、人型を取ることとなった彼らがせめて、楽しい思い出を作れるように。
「んで肝心の弟はどこに」
「それが・・・秋奈の抱き枕になって捕まっています」
何やってんだあの子らは。思わず吹き出す。
「来年もやりましょ」
「・・・ええ、そうですね」
宗三の返答に満足そうに頷いて、幽霊姐さんは沈みかける夕日を眺める。

今日あった楽しさが、いつまでも皆の心の中に残りますように。

悪霊らしくもなく、彼女はそう願った。





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